2015年1月3日Middle East and Africa

  • エボラの遺産

そのウイルスはすでに貧しい国々に長く続く影響を与える

数ヶ月前にエボラが西アフリカで最悪の事態になっていたとき、多くの人々はギニア、リベリア、シエラレオネの弱い政府は、そのウイルスが定着するにつれて一掃されるかもしれない、と心配した。実際には反対のことが起こっているようだ。その若い三つの民主主義政府は締め付けを強め、かつてはめったに見られなかったようなやり方で権威主義的傾向を示している。

これらの国々では、依然として長い病み上がり状態であるとは言え、破滅的な崩壊は避けている。多民族制度は、今のとこと掲げられているようだ。しかし、それらの国々では、過酷で権威主義的な政治の再開に脅かされている。民主主義の侵害は、病気と同じくらい悪いものだと判明するかもしれない。

 

  • 南アフリカの電力危機

南アフリカの攻囲にさらされる電力会社Eskomは、電力需要を満たすことができず、11月に計画停電が再導入された。南アフリカ人は今、天気予報を見るように電気の報道を確認する。この停電は、すでに停滞している経済を更に傷つけ、事業規模の大小を問わず危機感を持っている。一方Eskomは、その高齢化する発電所での維持管理仕事の山と技術的問題の雨あられと苦闘しており、その停電が数ヶ月からさらには数年も続きうると警告する。

それは前からある問題であり、2008年にも大規模停電があったが、それ以来状況はほとんど変わっていない。Eskomが民営化、または少なくとも独立系の会社が電力もうに参入することを認めるべきだという声が高まっている。そのような動きはたぶん南アフリカの強力な労働組合による激しい反対に遭うだろう。

問題はEskomだけではない。政府は他の二つの苦しむ国営会社である南アフリカ航空と郵便事業について直接管理をすると最近発表した。これらの三つは全て、副大統領で元労働組合の指導者から実業界に転身し、2014年の総選挙の前に完全に政治に復帰したシリル・ラマポーサによって監督される。彼のEskomへの関与は広く歓迎されている。

ズマ大統領は、電力システムが電力を白人の家に注ぐために建設されたとして、南アフリカの電力問題の根本原因はアパルトヘイトであると非難している。アパルトヘイト後の20年間でアフリカ民族会議に率いられた政府は確かにその国の他の部分に電力を引くよう大きな努力をしている。しかし、これは今全体が暗闇に包まれた国には何の慰めにもならない。崩壊する古い発電所と親発電所の建設の遅れというEskomの災難は1998年の政府白書でも予測されていたことだ。ズマ氏の説明がこの問題に光を当てたと考える南アフリカ人はほとんどいない。

 

  • イラクとシリア問題におけるイラン – ある将軍の死

シリアとイラクでの戦争はイランをかつてないほどもつれた紛争に引き込んでいる

イランは他の諸国よりも物理的にシリア・イラクでの絡み合った戦争にのめり込んでいる。武器や燃料だけでなく、レバノンやイラクでイランが育て、武装させ、訓練し、資金援助している何千ものシーア派民兵とともに、イスラム革命防衛隊(IRGC)からの顧問を何百人も送り込んでいる。イランの首都テヘランでの12月29日の二つの出来事がその関与の深さを強調した。イラクの町サマラで狙撃されたある将軍の葬式に政治家や高級将校が参列し、直後にイランの防衛大臣がイラクの防衛大臣を歓迎し、その後の記者会見でイラクからテロを「浄化」する共同の努力へのイランの支援を約束した。イラクの隣国紛争への関与は新しいものではなく、射殺された将軍も1975-89年のレバノン内戦に従軍しており、ヒズボラの立ち上げや1983年のアメリカ兵舎の爆破などにも関わっていたかもしれない。そのような人的組織的つながりがイランのその後の地域戦略に大きく影響している。イランの助けがなければ、シリアのアサド政権は崩壊していただろう。

イランにとっての人的財政的なこの費用は計算されておらず、石油価格の下落に従ってますます負担になっていそうだ。しかし、イランのもつれは、アメリカと同じように、すでに矛盾にまみれている。強硬派のイラン政治家はISのような集団をアメリカのせいにし、イランのシーア派民兵はアメリカと連合軍の上空援助を享受しながらそれらの軍を「侵略者」として攻撃するよう脅している。シリアでは、イランもどのようにこれを終わらせるかの見通しをもっていない。

 

  • チュニジアの新大統領

古い防衛軍の老兵がチュニジアの新しく作られた民主主義を宰領する

表面を見れば、開かれた民主的な選挙でチュニジアの最初の大統領に選ばれたのが88歳の前首相であるベジ・カイド・セブシだというのは驚くべきことだ。4年前に道に繰り出した若者たちが23年間統治した独裁者ベン・アリを追い出した。彼の没落後、最初の選挙はそれまで禁止されていたイスラム主義者が簡単に勝った。この12月21日の決選投票では前大統領の元人権活動家モンセフ・マルズーキを退けて、1960年代に内務大臣を務めたカイド・セブシを選んだ。彼は抑圧時代の役割よりも2011年の革命後の10ヶ月間の懐柔的な暫定首相としての実績を強調した。

発行日: 
2015-01-03
雑誌名: 
記事区分: 
0
まだ投票はありません

コメント

コメントを追加