2015年1月17日Middle East and Africa

  • アフリカにおける中国 – 中国はアフリカで大きくなっている。さて、次は反動だ

アフリカ中で、リスナー参加型のラジオ番組が、普通男性のアフリカ人が金持ち中国人にその配偶者や交際相手を失ったと嘆く話であふれている。真実にしろ作り話にしろ、そのような物語は中国人事業化のアフリカでの経済力の認知のされ方と、彼等に対する反動が増していると言うことについて、雄弁に語る。

中国は、年に約1600億ドル相当のものを取引してアフリカでダントツの貿易相手になっており、100万人以上の、ほとんどが労働者か商人である中国人が、過去10年間でその大陸に渡ってきている。政府間での相互の熱愛は続いており、かつてないほど多くのアフリカの道路と鉱山が中国企業によって開発されている。しかし、あるアメリカの書籍がそのタイトルにするような、「中国の二番目の大陸」とかアフリカが中国になりつつあるといった話は、言い過ぎだ。

中国が近年かき立てるのを手伝ったアフリカブームは、多くの他の投資家を惹きつけている。非西洋系が特に激しく競っている。アフリカのインドとの貿易は、今年1000億ドルに到達すると予想される。それは中国との貿易よりも早く伸びており、アメリカを超えそうだ。ブラジルとトルコは多くのヨーロッパ諸国に取って代わっている。けれども、アフリカへの投資の点では、中国は英国、アメリカ、そしてイタリアに後れをとっている。もし中国人事業家がその争いに動じないのならば、それは幾分かは彼等自身がその大陸を超えた先を見据えているからだ。フロンティアは世界中にあるのだ。10年前、アフリカは競争のない場所で、中国経済が離陸したときのように外国投資の訓練場のようだった。しかし最近、中国の野望は、その世界最貧大陸で事業に勝ったり商品へのアクセスを求めたりするよりも大きい。中国の指導者がタンザニアのような国に長い公式訪問をするような時はもうそう長くはない。代わりに中国の習近平主席は今後10年に渡ってラテンアメリカに2500億ドル投資すると約束している。中国の商品需要の成長は減速しており、多くの原材料の価格は下落している。しかしながら、中国の農産品そしてたぶん農地への飢餓は、中国の人口が拡大し、中産階級がより豊かになるにつれて、増すかもしれない。

しかし、アフリカ人は、不公平な取引と環境破壊を心配して、ますます中国企業に疑いを抱いている。反対派は、さらなる透明性と人権への責任を求める、アフリカの盛んになっている市民社会に後押しされている。これは、アフリカの支配者とその国民との間の隔たりをほとんど理解せずに、国家間関係に大きく頼った外交政策を展開する権威主義的な中国にとって慣れない挑戦かもしれない。セネガルでは、首都ダカールの中心部の一等地を中国の開発業者に手渡すだろう取引を、住民団体が妨害した。タンザニアでは、政府が中国の小規模商人を引き入れたのを、労働組合が批判した。アフリカの高官の中には、中国への批判を口に出すものもいる。ナイジェリアの全中央銀行総裁ラミド・サヌシは、中国がアフリカの一次産品を鳥、それを技術移転無しに製品化して売り戻すという「新形式の帝国主義」に、アフリカはは自分自身を開いている、と語る。数年間にわたる「ウィンウィン」関係についての穏やかな話し合いのあとで、中国は遅ればせながら問題に気づいたようだ。

中国はアフリカに政治的野心はほとんど持っていない。それは、民主主義国とも権威主義体制とも同じように協力する。その援助予算はちょっぴりだ。中国の協同組合的な開発モデルは、エチオピアとルワンダ以外にほとんど追随者を生んでいない。ほとんどの急成長するアフリカ諸国は、西側の自由市場の考えに近い方向を蹈襲している。

アフリカの中国人移民は、現地人に対して威張ることができるという考えに悦に入っている。ほとんどはザンビアのような中堅国に集まる。彼等はナイジェリアのような競争の激しいところではそれほど存在感がないのだ。他の外国人居住者とは違って、彼等はしばしば民族でまとまって生活する。10年間活発に関わったあとで中国はアフリカを支配するだろう、と考える人もいる。代わりに、それは優位を争うもう一つの外国投資家の一つになるだけのようだ。

 

  • アフリカでの薬物密輸 – 東アフリカ諸国はヘロイン密輸によって蝕まれている

専門家はそれをアフリカの「ヘロインの道」と呼ぶ。ヘロインをアフガニスタンから東アフリカを経由してヨーロッパに密輸する迂回路だ。11月の2件のがさ入れで712kgのヘロインを押収し、ケニア沿岸での押収記録を更新してその年を終えた。その獲物は警備改善の兆候ではなく、その経路の重要性が増している証拠だ。最大の押収は、4月にオーストラリアの軍艦が国際水域でセメント袋の間に1トン以上のヘロインを隠していたダウ船を見つけたものだった。公海上で繰り返し起こるので、薬物は水中に捨てられ、一方で船員と船は釈放された。末端価格で2.4億ドルと推定されるその発見は、1990-2009年の間に東アフリカで押収されたヘロインと等価だった。

アフガニスタンからヨーロッパへ向かうヘロインは、主に二つの経路によって運ばれる。北ルートは中央アジアを、西ルートはイランを経由する。東アフリカを経由する小さな「南ルート」は1980年代から存在していたが、合計3500kgという去年の押収は、輸送の増加を指し示している。専門家によれば、その変化は東欧での法施行の強化とシリアでの紛争のためだという。代わりに、密輸業者は海路をとっている。ヘロインの積荷はケニアやタンザニアの沖合でダウ船や貨物船から降ろされて、小さな高速船で上陸する。積荷はそれから、ケニアやエチオピアの国際空港からヨーロッパに運ばれる前に、更に小さな包みに分けられる。時にそれはまとめられ、トラックで南アフリカで船に積み替えられる。ヘロインのいくらかは、揺籃期のアフリカ市場、特にヘロイン使用がゆっくりと広がっているザンジバル、モンバサ、そしてダルエスサラームに入る。ヘロインはまた、南アフリカやナイジェリアの消費者にも密輸される。

ケニアとタンザニアでは、政治や警察の上の方と近い犯罪集団が積み替えを管理している。リスクは、国家機関が中から食いつぶされるか、更に悪ければ国が国境をまたいだ犯罪ネットワークに乗っ取られるかもしれない。ケニア国家はそのようなギャングの「攻撃にさらされている」とする報告書もある。

西側諸国は、西アフリカで2000年代の中頃から並行して起こっているコカインの密輸とともに、心配している。当局が大西洋をまたぐコカインの経路をきつく取り締まるにつれ、密輸業者は南の西アフリカに移った。そこでは弱い国々が簡単にひっくり返され、薬物資金は不正の蔓延に火を注いでいる。ガーナ、マリ、セネガルといった国々は、南アメリカ産のヨーロッパ向けコカインの積み替え点になり、そのままだ。南アフリカを経由しているものもある。小さく、貧しく、クーデターのはびこるギニアビサウは、アフリカで最初の「麻薬国家」としてブランド化されている。

 

  • ナイジェリアの反乱 – ナイジェリアの政治家たちはボコ・ハラムの恐怖を無視している

何人が死んだか知るのは難しい。アムネスティ・インターナショナルは2000人もの文民が殺された、とする報告を引用した。しばしば犠牲者を過小に見る軍は、遅ればせながら、本当の数字は150人だったと主張した。衛星画像は、広範囲にわたる破壊を示唆する。1月3日の攻撃は、ナイジェリア北東部一帯を支配しているボコ・ハラムによる、これまででもっともひどいものかもしれない。

けれども、はっきりしているのは、その恐ろしいことにもかかわらず、ナイジェリアの支配者はその戦いを冷淡に扱っていると言うことだ。グッドラック・ジョナサン大統領は、パリのシャルリー・エブドに対する「極悪非道の」テロリスト攻撃を素早く非難したが、現段階では彼はバガについては一言も発していない。その理由には、詳細がまだわからないとか、攻撃はほぼ毎日起こっており今回のものが特別なわけではない、と言ったことが上げられる。しかし、元に引くなど右記もあるかもしれない。ナイジェリアは2月14日に選挙を行う。その攻撃について語ることは、その反乱を抑えることに政府が失敗しているということに注意を集めてしまうだろう。その問題は、南部出身のジョナサン大統領が、強硬派の北部出身元将軍のムハマドゥ・ブハリ氏と争っているので、特に微妙だ。その争いは、ナイジェリア文民支配の歴史上もっともきついものだ。主要政党はその反乱を争点化し、お互いに無能と共謀の非難を投げつけ合っている。しかし、今のところ政府は、首尾一貫した対反乱戦略を形成し資金をつけるよりも、選挙に勝つことにより関心を持っているようだ。ナイジェリアではしばしば暴力の時期である選挙が接近するにつれて、事態は悪化しそうだ。人権活動家の中には、すでに広がった軍隊が、北東部から引き上げるだろうと心配するものもいる。

 

発行日: 
2015-01-17
雑誌名: 
記事区分: 
0
まだ投票はありません

コメント

コメントを追加