地に足を付けた凶人 - ナイジェリアの思い出

 

書評:Looking for Transwonderland: Travels in Nigeria
 
幼児期と10代はじめを通して、ヌー・サロ=ウィワは毎年夏をナイジェリアで過ごした。その帰国飛行は、到着と同時にいつも衝撃とともにやってきた。ラゴス空港の騒音、腐敗、不正は、昆虫、停電、そして英国に育ったものにとっては親しみやすいとは言いがたいめちゃくちゃな生活様式とともに果てしがなかった。
 
サロ=ウィワ女史は、ゴルフクラブやレイランドの木々とともに緑に覆われたサリー州の家族の家にとどまったり、彼女のローディーンからの賢い寄宿学校の友達と一緒に身を潜めた方がはるかによかった。しかし、彼女の母親は彼らのサリーの家を「家(house)」だとし、一方でそのナイジェリアの家を「故郷(home)」だと考えていた。そこは、灯油のランプ、米とオクラのスープ、「人肌のコカコーラ」、長々としゃべる住み込みのおじやおばがいる人格形成の「熱帯強制収容所」である。故郷、それは、ヌーの父である産油地域のオゴニ出身の事業家で活動家のケン・サロ=ウィワが、その率直な政治的見解のために捕まり、刑務所に入れられ、1995年に絞首刑になるまでのことだった。ナイジェリアに戻る旅は、突然中止になったのだ。
 
それから10年間、サロ=ウィワ女史は、「ロンリー・プラネット」や「ラフ・ガイズ」に執筆した新しい目的地のためにサリーとローディーンを行ったり来たりした。他の世界がますます身近になるにつれ、ナイジェリアが彼女にとってより神秘的雰囲気を持つように見えた。最後には、彼女はまともな観光客なら足を踏み入れないような国に戻らなければならなかった。
 
「不思議の国の向こうを探して」は、啓発を探ったものだ。なぜナイジェリア人はそのように「ならず者の民族」なのか?なぜその最大の都市、ラゴスはそのように「いらだち、武装強盗、そしてあふれる下水」に特徴付けられる「無計画の都市の災害」なのか?いかにしてナイジェリア人は泥棒以外で自分の国で生き抜くことができるのか?アフリカの最も人口の多い国の鮮やかな狂気に焦点を当てることはたやすいだろう。しかし、サロ=ウィワ女史は、注意深く戯画を避ける。興味深いことに、彼女はラゴスを出て、多くのナイジェリア人が見たこともない田舎へ旅する。トランスワンダーランド・アミューズメント・パークへ、東の山脈の美しさへ、そして女性がしとやかに顔を覆い、古代の光塔の森を持つ北の町のカノへ。道すがら、彼女は親切と人間味に驚き、彼女の目を情熱、機転、そして彼女の故郷の巧妙さに開かせた新しい友達を作るのだ。
 
 
発行日: 
2012-01-07
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