不条理王子 - アフリカ文学

コンゴのアラン・マバンクの常軌を逸し品性を欠いた小説

アラン・マバンクは、パリ中心部のレ・アールにあるアフロ-キューバ・サルサバーのジップスで愛想よくお披露目会を行った。色あせたデニムのジャ ケットをはおり、彼のトレードマークであるフラットキャップをかぶり、彼は控えめに彼の広がるキャリアと、パリの黒人コミュニティのメンバーとともに行っ たグアドループからギニアに至る三大陸をまたぐ旅行についてのニュースを分けあった。バーテンダーであるか新進作家であるかにかかわらず、彼らは、過去 10年以上にわたって、アフリカのサミュエル・ベケットとして知られるようになったフランス在住コンゴ人の書いたどのページにも入り込むことができた。

マバンク氏はコンゴ-ブラザヴィルから法律を学ぶために1989年にフランスにきたが、10年と経たないうちに会社の弁護士としての仕事をやめた。 今45歳になった彼は、大げさに彼の読書とルンバ音楽への情熱を語り、彼が毎年再訪している元フランス植民地のドニ・サスヌゲソ大統領の「柔らかい独裁」 に対して軽蔑を込めた。しかし、マバンク氏の徹底的な思慮深さは(そして旧友に対する力強い抱擁は)彼のフィクションの喜劇的獰猛さにほとんどヒントを与 えない。その想像力豊かな風刺は、その参加者がフランスに飛び散っているラブレーのくだらない論争へ、そしてアルベール・カミュの「異邦人」やブレット・ イーストン・エリスに負う所が大きい連続殺人のジャンルの病的なパロディにまで広がった。

彼の名での9つの小説、6冊の詩集、ゲイのアメリカ人公民権作家のジェームス・ボールドウィンの伝記風の敬意、そして手にした文学賞で、マバンク氏 は、彼が最近有名なフランスの出版社ル・スイユからさらに有名なガリマールに変えたとき、新たな地平を開いた。彼の小説化された子供時代の思い出「明日、 私は二十歳になる」は、ガリマールの8月のラ・ブランシェの奥付きに現れた。ほぼ1世紀にわたって、ラ・ブランシェ誌の特徴的なクリーム色の表紙はフラン ス文学の不朽の名作への入場券だった。マバンク氏はフランス語圏のアフリカ黒人として、それに含まれた最初の作者になり、今ではマルセル・プルーストや、 ジャン=ポール・サルトルと並んで出版されている。レジオン・ド・ヌール勲章がすぐに続いた。8月にそれを授与するとき、フランス文化相のフレデリック・ ミッテランは彼にしゃべり立てて、彼を「マバンクール」、そして「フランス語の輝く大使」と呼んだ。

それはたしかに皮肉な瞬間だった。マバンク氏は彼が6歳の時から学んでいるその言語を「そらされるべき川」と見ている転覆分子だからだ。彼が 『「純」フランス語の鎖』と呼ぶものを打ち破る、彼のモデルの多くは、その結末のために英語を再生する長い歴史を持っているナイジェリアのアモス・チュツ オーラのような英語の作家たちだ。(フランス語公式機関で、英語には同じようなものがない)アカデミー・フランセーズの支配に反抗して、マバンク氏の自由 な散文は、古典的なフランス語の優雅さをパリのスラングやコンゴのビートと結合させた。それは、彼の読み書きのできない母からの口承文化(それは彼のすべ ての本が捧げられている)を、大西洋岸のポワント-ノワールのホテルの受付だった彼の継父によって励まされた雑食性の書籍愛好症と結びつけた。「壊れたグ ラス」(2005)の中で、汚名を着せられた学校教師は酔った勢いでひとつのピリオドもなくコンゴのバーの常連の不運な物語を再び語る。著者は彼を作家に したと感じているルイ-フェルディナン・セリーヌの「なしくずしの死」からガブリエル・ガルシア・マルケスの「百年の孤独」までの約300の本のタイトル を組み入れる。

彼の最初の小説で、皮肉にもそのタイトルでフランスのトリコロールに敬意を表した「青、白、赤」(1998)から、マバンク氏の小説は、パリの移民 のいまいましい夢と、独立後の略奪的独裁者や内輪の内戦によるアフリカの病気の間を動いている。しかし、自暴自棄の真ん中での笑いを主張しながら、彼は、 上品な当てこすりから猥談や気味の悪いものにそれる、ユーモアに包んだ皮肉の錠剤で和らげる。「アフリカン・サイコ」(2003)は、連続殺人者になろう という全ての試みをやり損なう怠け者のつまらない犯罪者である場違いなグレゴワールを通して、消費者保護運動を酷評する。それはまた、ヨーロッパ列強に よって分割された一つの土地であるマバンク氏の「小コンゴ」と元ベルギー領の「大コンゴ」の間の競争関係をからかう。

「壊れたグラス」の中で、記録者/語り手は、クレジット・ゴーン・ウエストという名のバーに事実上住んでいる。著者にとって、アフリカのバーは、教 育を受けた失業者を詰め込んだ創意にとむ議論の場である、野外の実験室だ。「ヤマアラシの思い出」(2006)はゆるい続編を成している。自分の生き写し である人間を殺さねばならないその皮肉なヤマアラシの寓話は、表面上は自分自身を壊れたグラスだと呼んだ同じ泥酔した物書きによって書かれている。その小 説は、伝統的な信念を暴力の口実に使う人たちへの茶目っ気たっぷりの批判として、口承と寓話を利用する。

「ブラック・バザール」(2009)では、パリに戻り、黒人の調和という観念を一掃するために、アフリカ人とアンティル諸島人の、または西洋と西ア フリカ人の間の偏見を暴露する。主人公のフェソローグはコンゴ人の工兵で着こなし上手だ。少年時代にマバンク氏は、ブランド名にとりつかれたパリ帰りの洒 落た男たちに魅了されていたが、この小説は政治声明としての洋服仕立て業の考え方を風刺する。

マバンク氏の作品は韓国語やポーランド語を含んだ16の言語に翻訳されている。しかし、英語圏では彼の辛辣な魅力を捕まえるのが遅れている。彼の本 の中でたった3つだけが英語になっている。(「ブラック・バザール」の英語版が翻訳中である。)そしてそれらは小さな観察力の鋭い出版社である、アメリカ ではソフト・スカル・プレス、英国ではサーペンス・テイルによって出版されている。しかし、彼は毎年8ヶ月過ごしているロサンゼルスのカリフォルニア大学 の終身教授になったので、状況は変わるかもしれない。

ミッテラン氏はマバンク氏をフランスの文学の栄冠の異国的な花だとみなすかもしれないが、その作家は本国フランスはもはやフランス文学の中心ではな いと確信している。ガリマールが認識したように、フランス外からの作家たちは、今、賞をかっさらい、フランス国外の影響を持ち込んでいる。マバンク氏がそ れを証明している。
 

発行日: 
2011-07-09
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