サハラの燃え上がる鞍 - アフリカの薬物取引

北西アフリカの過激派は、コカイン交易で資金を得ている

ひとつの単純な事実の美徳で、シエラレオネの首都フリータウンの国際空港は最近まで、密輸業者の楽園だった。そこにはスキャナーも金属探知機もなかったのだ。しかし、その遅ればせながらの到着は、ラテンアメリカから西アフリカを経由してヨーロッパに入る薬物の流れをかなり弱めている。たくさんのほかの積み替え点がある。

国連の薬物事務所は、その取引が年に60トンものコカインを運んだと2010年に推計した。それはそれ以来急速に成長している。いくつかの推計によれば、ヨーロッパの薬物全体の1/4がアフリカ経由で到着しているという。もっとも一般的な経路は、ギニア=ビサウからマリやニジェールへ、そしてそこからリビアやエジプトに向かうものだ。その領域の大部分がイスラム過激派に支配されている。彼らは、立ち上げたいと思っているタリバン型の政府のための戦闘資金を得るために密輸業者とともに働いている。

かつて、密輸業者は船積できる量が限られている飛行機を使っていた。今では彼らは、かつてラクダが行き来していた砂漠の道を四輪駆動車に乗っている。一連の政治的変化が彼らの通路を簡単にしている。2012年4月のギニア=ビサウのクーデターは、短いにしても見通しのあった民主主義への移行の後で、腐敗した軍隊が権力の座に戻った。北部マリはイスラム主義者によって乗っ取られている。ニジェールでの干ばつは、政治的危機を作り出した。去年のリビアとエジプトでの軍事独裁の没落は、これらの国々での治安軍を侵食した。

西アフリカがラテンアメリカの薬物の積み替え点になっているという最初の証拠は2009年に表面化した。ヴェネズエラからの燃え尽きたボーイング727がマリ北東部の砂の中で見つかったのだ。それは、コカインを満載していた。2010年に、2トンの獲物がガンビアで見つかった。過去15か月で、ナイジェリアの警察は、二つの大きなメタンフェタミンの研究所を捕らえた。かつては密輸者にとって単に代替経路だった西アフリカは、今では生産・流通の中心だ。

西側の反応は弱々しかった。アメリカは、アフリカの薬物警察を助けるために年に2,000万ドルを提供する。ヨーロッパはさらに少しを渋々渡している。
 

発行日: 
2012-09-22
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