作業場の英雄 - アメリカと第二次世界大戦

書評 「勝利の技術者:第二次世界大戦の潮目を変えた問題解決者たち」 ポール・ケネディ

Engineers of Victory: The Problem Solvers who Turned the Tide in the Second World War  By Paul Kennedy

第二次世界大戦から70年近くが経過し、ほとんどの戦争参加者が今亡くなり、指導的な歴史家は今ドイツ国防軍を賞賛できる。もちろん、その悪い人種主義ではなく、その軍事的あっぱれさだ。戦場で、ドイツ軍の兵士たちは、「どの前線においても攻撃に迅速にそして厳しく反応する能力」について普遍的な尊敬を勝ち得た、とイェール大学のポール・ケネディは書く。彼の誇張表現は流れ続ける。ドイツ国防軍は回復し反撃する信じられないほどの能力を持っていた。ドイツの落下傘部隊は超有能だった。第3帝国は驚くべき粘り強さで戦った。

ならばなぜドイツは戦争に負けたのだろう?その英国生まれの歴史家は還元主義を避けるのに苦労する。他の人とは違って、連合国軍の勝利は、粗暴な軍隊や、不思議な武器や、魔術的な暗号解読システムのどれか一つによって説明されうるとは主張しない、と彼は言う。そこには複数の要素があった。いくつかは誇張されている。ブレッチリー・パークは、ほとんどの暗号解読者についての人気のある書籍が示唆するよりも「確かに全く重要ではなかった。」アーサー・「ボンバー」・ハリス卿の、敵の石油、運輸、電線網を目標にするのではなく、代わりに町を爆破するという決意は、「ひどい万能薬」だ、と彼は書く。

これに反して、より大きく強調されるに値する連合国軍の勝利にいくつかの理由がある、とケネディ氏は論ずる。その中の一つ、アメリカの軍産複合体の素晴らしい強さは、ついにアーサー・ハーマンの「自由の鍛冶場」で認識された。ケネディ氏は別の重要な部分を祝福する。技術者の役割だ。彼らが発明し、即席で作り、改善したものが、1943年までに、ドイツと日本に対する潮流を変え始めた。

それまでには、長距離B-24リベレーター爆撃機が大西洋を渡る商船団を護衛した。機雷がカール・デーニッツ大提督のUボートを破壊した。B-17飛行要塞爆撃機は、イングランドの飛行場からドイツ深くまで飛び、日本軍を太平洋で押し戻した。T-34戦車は東部戦線で血まみれのソヴィエトの反撃を率いた。ムスタング戦闘機はドイツの航空エースたちを殺した。

ケネディ氏はまた、合衆国海軍工兵隊の技術者たちを相対的不明瞭さから救った。「シービー」として一般に知られるこれらは、基地、軍事施設、合流地点、そして連合軍を前に運ぶ道路を作る舞台だった。彼らの成果は、技術者が軍事的勝利にとって重要だというケネディ氏の主張を正当化する以上のものだ。しかし、彼が正しく不平を言うように、大作戦の歴史家たちは皆、あまりにしばしば、軍隊、船団、そして飛行隊は大きな地図にペンを刺すことによって長距離を動くことができたとみなし推測する。シービーの統計は依然として素晴らしい。太平洋だけでも、彼らは戦争中に111の主要な飛行場と441の埠頭、1億ガロンの燃料をためるタンク、150万人のための家、7万人の患者のための病院を建設したのだ。フィリピンへの「アイ・シャル・リターン」の約束を満たしたダグラス・マッカーサー将軍の有名な写真は、技術のあるシービーがその軍隊を陸上に運ぶ浮橋と土手道を作ることができた後だけに可能だった。もちろん写真家と一緒に。

ケネディ氏のもっともよく知られた本は、「大国の興亡(1987)」で、彼の昔の紛争の知識は、戦争の中世の歴史に深みと色を加える。アレクサンダー大王、ユリウス・カエサル、マールバラ公、ナポレオン、ウィリアム・シャーマンなどが、ケネディ氏が彼らの行動を1943-44年のその相手と比較対照するとき、ページを行き来する。そして、彼は、ウェリントン公の敵を持つことは見方を持つことほど悪いことではないという不平を維持するために、英国=アメリカ=ソヴィエトの小競り合いのいくつかの例を引用することができる。
 

発行日: 
2013-03-02
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