カタールの文化の女王 - 芸術と中東

 

シェイカ・マヤッサ・アル=サーニはアートの世界のもっとも強力な女性だ。彼女はそのお金をうまく使っているのだろうか?
 
カタールのドーハにあるまったく美しいイスラム芸術博物館(MIA)は、ディナーのとても良い舞台だ。先月、200人のディーラー、収集家、そして学芸員が、村上隆の作品の中東での初めての展示の開幕のために集まった。その夜のホステスは、ポニーテールの日本人アーティストを右に従えてほほ笑んで座っていた。彼女の左には、ギリシャ系キプロス人産業家でアメリカ人彫刻家ジェフ・クーンズの作品の熱心な収集家でもあるダキス・ジョアノウがいた。世界で最も強力なアート・ディーラーだと多くが見なすラリー・ガゴシアンは、ほかのアート・ディーラーと一緒に、近くのテーブルに陣取っていた。
 
ガゴシアン氏にほかの人たちと同じテーブルに座るためだけに地球を半周してディナーに来たのか、とうまく尋ねられたものはほとんどいなかった。シェイカ・マヤッサ・アル=サーニはその一人だ。そのカタール首長の娘は、国際的なアートの世界(収集家、パトロン、文化的支援者)で最も話題の人物の一人になった。ガゴシアン氏は彼女の目に留まりたいと思っているただ一人ではないのだ。
 
1980年代まで、カタールは砂漠がちの僻地に毛が生えたようなものだった。その土着の真珠産業でさえも、死にかかっていた。石油と、そののちの世界で3番目に大きい天然ガスの埋蔵量の発見は、なしのような形のその半島を異常なほど豊かにした。2010年に、その小さな人口は、一人当たりGDPで世界第3位になり、その経済は世界のほかのどこよりも高い16.6%の成長をした。しかし、たとえカタールの石油とガスでも、いつの日か尽きる。その国を石油後の生活のために炭化水素経済から知識経済へ変えることは、地元のマントラなのだ。
 
首長の青写真「カタール国家ヴィジョン2030」は、国際的映画産業に提供するポストプロダクションセンターやペーパーレスの病院と同様に、(首都の一地域の教育シティと呼ばれる地区での)学校や病院に導いている。カタールのイスラム教芸術、モダニズムアラブ絵画、写真、武器と自然史を陳列する新しい博物館はすべて計画の一部だ。
 
過去50年の間、カタール王家は熱心にアートを買いあさってきた。よい助言を受け、聡明で、優れた目を持っているといわれるシェイカ・サウド(シェイカ・マヤッサのいとこ)は、市場に出た最高の装飾された写本、絨毯、科学的な道具、そしてムガールの宝石を求めた。彼の獲得物の広がりは、最後には2008年に開館したイスラム博物館で明らかになった。I.M.ペイに設計されたMIAは、今では多くの人々によって、世界で半ダースに入る博物館の一つだと考えられている。
 
同時に、シェイカ・サウドの兄の、シェイカ・ハッサンは20世紀のアラブの絵画を買いあさった。多くのアーティストはヨーロッパで訓練され、教育シティにある現代芸術博物館のマタフにある6,000のコレクションは、派生的な雰囲気を持っている。巣立とうとしている国にとって、絵画は歴史的な記録と同様に重要だ。
 
今、文化への要請は新しい世代の手に渡った。シェイカ・マヤッサは、彼女が言うには二人の兄を持ったために、おてんばで競争好きな子供だった。カイロの共学校で学んだ(今は教育改革の力になっている)中産階級のカタール人の彼女の母に励まされ、彼女はフランス語、英語、そして自分のアラビア語を学び、政治科学と文学を学ぶためにノースカロライナのデューク大学へ行った。
 
2年後、どちらもコロンビア大学で大学院教育を受けていた彼女と彼女の夫は、母国に戻った。カタール博物館局(QMA)の長としてのシェイカ・マヤッサの仕事は、カタールを、アートとは、そしてそれを作ることの人間にとっての意味とは何かを探る源泉である、文化的原動力に変えることだ。「さらに、我々はQMAに世界的な文化計画の触媒である‘文化的扇動者’になってほしいと思っている。」とある理事は語る。
 
シェイカ・マヤッサは、MIAの最上階の広々とした事務所で働いている。その壁は青白いブナ材が並べられており、彼女の長い机の後ろには、フレームに入った家族の写真が広がっている。黒いアバーを身に着け、彼女の髪を覆い、彼女は一つのアラブのコーヒーポットもしくはダラーの金飾りをつけた色つきの糸で作られた子供の様なブレスレット以外はほとんど宝石を身に着けることはない。それはミュージアムショップで82ドルで売られているものだ。
 
QMAは政府機関だが、全く家族的な仕事のままだ。彼女の最初の大きなインタヴューで、シェイカ・マヤッサは、「QMAは父の子供のようなものだ。彼は何か…地域社会とつながり、社会の中での文化的対話を作り出すものを作りたかった。我々は直接彼に報告する。父についてよいことは、彼は日々の仕事に介入しないことだ。我々は戦略を示し、彼がその戦略とヴィジョンに賛成すれば、我々は権威と自由を与えられ、我々が合うと思うやり方で進めて実行するのだ。」
 
QMAは文化大臣と協力するけれども、その一部ではない。その博物館機関は、ロンドン大学のような外国の大学の地元出先機関と、芸術管理と博物館経営についてともに働いている。それは特に上級職員で、多く海外から人を集めている。公共芸術計画部長には、クリスティーズから来たオランダ人の、ジャン=ポール・エンジェレンが就いた。クリスティーズのかつての英国人社長、エドワード・ドルマンは、シェイカ・マヤッサの事務所を運営する。MIAの理事は、音楽で学位を取った最初のカタール人女性である32歳のアイシャ・アル・カターがなった。しかし彼女の下につく4人の専門家学芸員は皆外国人だ。もう二人がもうすぐ彼らに加わりそうで、一人は写本の専門家で、もう一人はコインだ。
 
QMAの予算は、公開されていない。資金と取得の決定は組織のトップの小集団によって行われ、シェイカ・マヤッサは、彼らの考えがシャルジャーやサウジアラビアといった国に盗まれることを恐れて、秘密のままだと主張する。このインナーサークルの決定からの外部者は、恣意的で混乱をもたらすとみなすかもしれない。ワッサン・アル=クダイリがマタフの長として1年勤めた後に彼女もまた研究生活に戻ると今月初めに発表し、その比較的すぐ後に二人のMIAの理事が去った。
 
地元の観客を魅了することが優先課題だ、とシェイカは語る。MIAはその偉大な人を寄せ付けないやり方で、パキスタンやほかの南アジアからカタールに群がる多数の移民労働者を歓迎していない。それに反対するために、QMAはその博物館を学童たちにより開くことを狙っている。それはまた、地元のアーティストを奨励し、12月に開港する新しい空港とおそらく来年完成する巨大な新しいシドラ医療センターのために、カタール人と国際的なアーティストに彫刻と写真を注文することを望んでいる。今ではQMAの下にあるイスラムと現代のアラブアート博物館に加えて、スポーツとオリンピックの新しい相互作用の博物館が、カタールが2022年にFIFAワールドカップを開催するのに合わせて、ゆっくりと形を表している。けれども、最大の計画は、2016年に開館するカタール国立博物館の建設だ。そのフランス人建築家、ジャン・ヌーヴェルは、外壁のモチーフに地元の砂漠のバラを使っている。12の内部ギャラリーは、30万人のカタール人に、有史以前の時代から真珠産業の発展を通して石油ガスの発見までの彼らの国家の歴史を、砂漠や食料、漁業、鷹狩り、そして民間伝承についての地元の伝統を探って、教えるだろう。
 
QMAはほかの博物館から借りてくるのが非常にうまい。MIA版の、去年ロサンゼルスで始まった「スルタンの贈り物」の展示は、アメリカの展覧会ではなかったロシアのエルミタージュ美術館からの作品を含んでいる。カタール版の、大英博物館の新しい「ハジ」の展示は、トルコ当局によって妨害されたトプカプ宮殿からの作品をかなりの割合で持ちそうだ。QMAがロンドンでのオークションで買った二つの主要な作品を母国に持ち帰ろうとするのを英国が妨害したのに対して、そのカタール人たちは、カタール人職員の訓練も提供するだろう二つの英国の博物館との長期融資協定をうまく交渉した。
 
近くのアブダビがルーブルとグッゲンハイムの支部を誘致するのに対して、カタールは自前の博物館を育てている。シェイカ・マヤッサがその地域を説明するのにそのイスラムと東方のコレクションを使うのは意味がある。より明らかではないのは、なぜ彼女が西側の芸術を買っているかということだ。過去7年にわたって、アル=サーニ家は、芸術作品の価格の記録となった2.5億ドル以上で買った最後の個人所蔵版であるポール・セザンヌの「カード遊び」を含む、西側の絵画、彫刻、そしてインスタレーションに、少なくとも10億ドルを費やしていると推計される。2011年の初めに行われたがつい先月報道されたその購入は、多くが記録的な価格となったフランシス・ベーコン、マーク・ロスコ、アンディ・ウォーホル、そしてダミアン・ハーストの最高の作品のいくつかを含んだ一連の購入の最新のものにすぎない。アル=サーニの芸術購入についての憶測は、その一家がどんな噂の肯定も否定も全く拒絶し、その購入が個人的なものなのか国家のためなのかを明らかにしたがらず、それらがどのようにカタール国民に利益をもたらすかすらも説明したがらないことによって、加熱している。
 
シェイカ・マヤッサは、何人かの大物をドーハに招くことに熱心だ。2010年のヴェルサイユ宮殿での村上の展示会は、その日本人アーティストのドーハ回顧展につながった。4月4日に開幕し、QMAが200万ポンド以上提供しているロンドンのテートモダンでのハースト氏の展示は、その地域にとって初めてとなる来年のハースト氏のカタールでの展示会のもととなる。
 
QMAが金持ちの御嬢さんのおもちゃ以上のものになるために、シェイカ・マヤッサは、外国の高くてつまらないものを彼女の母国に展示する以上のことをしなければならないだろう。彼女は、QMAがオファーを受けたたくさんの展示会の間での選択に、はるかに革新的で集中する必要がある。ドレスデンからのドイツバロックについての去年のMIAの展示は全く意味がなかった。今マタフで行われている、中国と湾岸の古代のつながりについての蔡國強の探検を想起させるものは、新しく、オリジナルだ。
 
カタールのような絶対君主制は、真の芸術的性質の特徴である、大胆さ、不敬、破壊活動を奨励するのには難しい場所だ。カタールのみんなが芸術の重要さに納得しているわけではない。地元のブログ論壇は、その国がF1のレース場やさらなるサッカー場にもっと力を入れるよう提案する声にあふれている。そして、カタール大学が英語の代わりにアラビア語で教えるよう変えるという最近の突然の発表は、保守的な民族主義者がここで実権を握っているという証拠だ。テートのハーストの目録の紹介の中で、シェイカ・マヤッサは「議論を呼ぶものであっても―芸術は、多様な国、人々、そして歴史の間のコミュニケーションの鍵を開けることができる。」と書く。この先何年かは彼女の決意を試す。そしてカタールのもだ。
 
 
発行日: 
2012-03-31
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