悪い記憶 - アジア金融危機

1997-98年の地域金融危機のこだまが騒々しいが、誤っている

同じ川に2度入ることは決してできないが、それは忘れられないほどに親しんで見えるかもしれない。だから、最近アジアの通貨と株式市場がのたうちまわるにつれて、投資家と評論家が1997-98年の金融の嵐の亡霊を召喚するのは、驚くことではない。その危機は最初にタイで起こり、それからインドネシアと韓国がIMFの救済下に入った。それは地域経済を破壊し、インドネシアは32年間のスハルト独裁を倒した。フィリピンとマレーシアは、ひどいけがによろめいた。いま、その地域の市場関係者は、シリアでのアメリカ主導の軍事行動の可能性の帰結についての恐れが増すにつれて、そこが再び感染し、さらに悪くなることに神経質になっている。にもかかわらず、川は変わっており、不注意な人々を押し流しそうもない。

もちろん、インドネシア、マレーシア、そしてタイが再びリスクにさらされているというだけではなく、1997年の危機以前の数か月との類似性は著しい。1997年には、今と同じように、アメリカの金融政策は重大な関心事だった。その年の3月に、連邦準備銀行は金利を引き上げた。1995年の初めから1997年の半ばにかけて円に対して30%切りあがったドルの強さとあいまって、これは新興市場から資本を吸い上げた。いま、より強いドルと、連銀が巨額の債券買い上げ計画から「テーパリング」することを考えるときの高金利の単なる兆しが、資金を先進諸国の資産の認められた安全性に戻るよう惹きつけている。

それから今と同じように、多くのアジア諸国は不振だった。そして両方の減速は、とても異なった理由だが、一部は中国のせいにしうる。1990年代の半ばには、中国は自身を世界の工場として打ち立てていた。その輸出の優れた能力は、先に産業化した国々の市場シェアを食い尽くした。それは、香港、韓国、台湾の「虎たち」だけではなく、マレーシアやタイのような場所もそうだった。16年後、中国の驚くべき成長は、そこをそれ自体でその地域のもっとも重要な市場として打ち立てている。それは、オーストラリア、インドネシア、日本、マレーシア、韓国、タイ、そして台湾からの最大の輸出先なのだ。だから、今のところ比較的穏やかなものだとしても、中国の減速はその地域の裏庭に大きな影響力を持つ。

1997年との別の類似点は、経済的成功がある傲岸さを生んでいることかもしれない。1990年代初めのアジアの多くでの成長の上昇の年月は、過小評価された通貨に頼った持続不可能な好況の一部としてではなく、生得権としてみなされた。彼らは、倹約、勤労、そして規律といった「アジア的価値」の証明だとして見られることすらあった。同じように、その地域が2008-09年の世界的不況を比較的無傷で切り抜けたことが、自己満足につながった。インドとインドネシアの政策立案者は特に、彼らの国々の基礎的経済条件はとても健全なので、(来年に予定されている)次の選挙の後まで彼らは必要な構造改革を伸ばすことができるだろうと論じた。1990年代の終わりと同じように、困難が現れた時、両国での最初の反応は、外部世界、特にアメリカの政策を非難することだった。

しかしながら、同じく1997年のように、大きな経常赤字を抱えた、(1997-98年にほとんど影響を受けなかった)インドや、インドネシアといった国々は、外国の信認喪失に脆弱なままだ。インドでは、ルピーの価値は、ドルに対して記録的な低さになっている。1997-08年に最悪の打撃を受けた国であるインドネシアは、輸出業者への税控除といった政策手段が8月23日に発表され、その国の通貨であるルピアの下落を止めるのに失敗した。その国の外貨準備は、過去2年間で20%減っている。

1997-98年の金融崩壊に傷ついた国々の中で、マレーシア、フィリピン、韓国、そしてタイは、1990年代の赤字とは対照的に、近年経常黒字を出している。しかし、マレーシアリンギット、フィリピンペソ、タイバーツもまた、ここ数週間弱まっている。これは、1997年の広がるパニックの感染のようなものをにおわせる。シンガポールドルですらも、アメリカドルに対して弱まっている。

このすべてにもかかわらず、その地域はいまより良い形をしている。もはや、その通貨たちは、ヘッジファンドの乱射を待っている、遊園地の射的場にココナッツのように並んではいない。1997年に、ほとんどは多かれ少なかれドルときつくペグしていた。名目上「変動」していたものは、実際には中央銀行によってペグのように管理されていた。今ではそれらは本当に変動、もしくは沈んでいる。

幾分かは前回の危機の経験のために、諸国は次のものによりよく準備している。すべての国々は、少なくとも6か月の輸入に耐えうる外貨準備を持っている。そして、1997年の崩壊の独特な原因である、特に不動産においての現地通貨投資のための大規模なドル借入は、時代遅れだ。だから感染はかつてのようなものではない。1997-98年には、不動産バブルがバンコクで破裂し、タイの経済管理の腐敗と、銀行、事業、そして政治家の腐敗したつながりの多くを明らかにした。調べてみれば、似たような病気はその隣国の多くも同じように悩ませているとみられただろう。「アジア的」価値はアジアの欠点になった。
 

中国製

今回、金融危機の認識の世界的な変化は、すべての新興市場に影響している。それはアジア諸国がアジアにいるから特に脆弱なのだ、と言うことではない。むしろ、その政府によって選択された政策のために困難に直面している国もある。例えば、インドの財政赤字への取り組みの繰り返される失敗やその8月の小さい資本管理のパニックのように見える導入や、インドネシアの豊富な天然資源への外国投資家に対するますますうるさいやり方、そしてタイの人気はあるが高価な市場価格以上での米の買い入れといったことだ。

今までのところ、少なくとも川の水は止められないほど上がってはいない。しかし、最近の騒動は長期的な疑問を提起している。注記したように、1997-98年の危機は幾分かは中国の驚くべき成長によって引き起こされた間接の損害であり、現在の心配は中国の成長の穏やかな緩和に従う。今その地域が直面している大きな危険は、連銀の「テーパリング」へのこれからすぐのそしておそらく早すぎる恐れだけではなく、より長い、そして多分より鋭い中国の減速だろう。

Banyan欄より
 

発行日: 
2013-08-31
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