金、神、そして寛容さ - ボッティチェリとその銀行家たち

 

15世紀絵画の二つの展覧会は何がルネッサンスを駆り立てたかを強調した
 
銀行家は地獄に行くことを避けられないのだろうか?現在の多くの人々が単に希望は叶うと望んだことは、1400年代前半のキリスト教徒にとっての信仰の問題だ。究極のところ、コーランのように、バイブルは、多くの銀行業務に基づく貸し付けへの利子について明白に非難していた。だからキリスト教国の金の貸し付けの多くの部分はユダヤ人にゆだねられていた。中世イタリアのいくつかの北部の町では、しかしながら、巧妙なキリスト教徒が、銀行業務の禁止を避ける道を見つけ始めた。彼らの発明品は、合法であったが、高利貸しを持っていた教会には人気がなかった。それは融資の期間に料金を課すことにより、ものの取引ではなく時間の取引にし、それは神のものだった。
 
永遠に地獄の業火に焼かれるという見通しは、特にフィレンツェで鋭かった。そこは近代銀行の基礎が築かれところだからだ。それが起こったとき、フィレンツェはまた芸術の並外れた開花の最初の兆候の舞台となった。程なく、罪の意識に悩まされた銀行家たちは、聖書が予告した天罰から死後に逃れるという望みを持って、宗教芸術の偉大な作品を依頼した。このようにして、国際金融産業の誕生とルネッサンスの誕生は密接につながっていた。
 
そのつながりは、おそらく一言にまとめられるかも知れない。後援か贖罪か、メディチだ。より長く、はるかに満足を与える労作は、文字や絵画、そしてフィレンツェのストロッツィ宮のオブジェの中に見つけられる。そこでは2012年まで「金と美」に捧げられた展覧会が開かれている。副題として「銀行家、ボッティチェリ、そして虚栄のかがり火」と名付けられたその展覧会は、フィレンツェの銀行家の芸術的依頼への動機、豊かなフィレンツェ人が示した贅沢さと富に対する教会の反応、そして1400年代またはクワトロチェントをとおしてスロットマシーンからのコインのようにフィレンツェから転がり出てきた芸術作品についての懺悔する後援者や聖職者の非難の両方の効果といったものを探求する。
 
その展覧会の背景には、メディチ家がある。偉大なるロレンツォの元で黄金時代のフィレンツェ共和国に影響力を及ぼし、王朝の最後が1737年になくなるまでローマ教皇や女王、トスカーナ大公を生み出した、羊毛商から銀行家になった一族だ。彼らの支配は、1494年にフランスのシャルル8世が侵入したことによって中断された。それは、フィレンツェ人を、贅沢、賭け事、お祭り騒ぎ、そして特に「処女マリアを売春婦のように見せた」彼らの無礼な絵画について叱ったフェラーラからの厳格なドミニコ会修道士のジロラモ・サヴォナローラの短い支配をもたらした。彼は子供たちにその両親をスパイし、売春婦が非難され、男色者を焼き殺し、反宗教的な軽薄な行動を禁止するよう要求した。こういうわけで、1497年と1498年のシニョーリア広場での虚栄のかがり火で、数え切れないカード、本、ドレスと同様に芸術作品が火に包まれたのだ。
 
中心的な人物であるサンドロ・ボッティチェリは、自分の絵画を火の中に投げ込んだ芸術家の一人ではなく、彼の後の作品が明白に示しているように、むしろサヴォナローラの魔力にひざまずいた。「ヴィーナスの誕生」のように彼の初期の作品に見られた理想化された美の審美的な描写は消え去った。今では、ボッティチェリの人物は、「聖母子と聖ヨハネ」のように、激しい信仰の苦痛の表現をより帯びているようだ。
 
その間には「誹謗」のような作品がある。これは、彼の君主のミダスが、「無学」と「容疑」の忠告を受けて、フード付きの「羨望」が「誹謗」の手を握り、そして今度は「誹謗」が「ペテン」と「欺瞞」を伴って身元不明の犠牲者の髪を引っ張り、一方で「忍耐」が希望を持ってむき出しの裸の「真実」の方を向いている、ということを示している。明白に宗教的ではないが、情趣は道徳的に正しく、それ故にサヴォナローラ向きだ。それは乱暴な雰囲気だが、従来ボッティチェリの初期の神話的な作品の贅沢な叙情性からは取り除かれていた。これらが作られたとき、編年史家のジョルジョ・ヴァサーリが1世紀以上後に注目したように、彼は多くのフィレンツェの家族のために「裸婦像」を幸せに描いた。
 
「金と美」は、メディチ家の商業的なライヴァルたちによってフィレンツェの真ん中に建てられた15世紀の建物のストロッツィ宮を運営する基金が誕生した直後の2006年に提案された。しかしながら、5年間の潜伏期にわずかに展示の時宜が改善しただけだった。それにより、一般的な銀行家の役割だけではなく、トスカーナ出身のいくつかの有名な銀行用語について反映することができた。最も注目すべきは「リスク」かも知れない。それは、言い換えれば金利の婉曲表現である、金を貸すときの費用をカヴァーするのに必要な考慮すべき金額を表したトスカーナ語の「rischio」から来ている。他にも「フロリン貨幣」がある。最初にフィレンツェで鋳造されたこの貨幣は、何世紀にもわたってヨーロッパを広く循環した。英国では1971年まで使われており、そのうちにおそらくユーロ後に戻ってくるかも知れない。
 
しかしながら、この展示を成功させたのは単にそのタイミングだけではない。そのテーマと、キュレーターが引き出すことのできる豊富な工芸品と絵画により、すべての点をすばらしい芸術作品で描くことができる。造幣局によって依頼されたパネル画、全部の聖家族とほとんど同じくらい目立つ依頼者のフィリッポ・ストロッツィを示す祭壇画、鍵や交換書簡、国債の貸し倒れの危険を指し示す会計帳簿(イングランドのエドワード3世が巨額の債務を踏み倒したとき、三つの銀行が破綻した。)、派手な衣類や目立った葬式といったことを禁ずる倫理規制法を含む古写本などだ。(フラ・アンジェリコさえも、とても信心深かったので、涙を流すことなしに十字架を描くことができず、露骨に豪勢な15世紀のフィレンツェ風の葬式の様式で聖女の葬儀を描くことを選んだのだ。)
 
その像は無慈悲だ。欲深な僧侶が自分の金袋を抱えてむち打たれているのを示す。聖アントニオは高利貸しの心臓が金庫の中で見つかるようにする。金貸しは死の象徴に会う。これらを均衡させるのは、キリスト降臨、整序、そして他の宗教的人物といった礼拝用の数え切れない絵だ。そしてまた、ロレンツォの偉大な時代が終わった事件も示される。シャルル8世のフィレンツェ入城、贅沢品を作ることによって多くの富を得た町でその贅沢品に対してのサヴォナローラの説教、虚栄のかがり火が執り行われたまさにその広場での原理主義的な修道士の処刑といったことだ。これは、美と殺戮、金儲けと放蕩、道徳、偽善、そして贖罪を絵によって物語るものだ。
 
この語りはクワトロチェントのすべての作品にあるわけではない。その展示は、ルネッサンス期宗教芸術の専門家であるルドヴィカ・セブレゴンディと2005年の「メディチの金」の著者である英国の小説家のティム・パークスという二人の学芸員の注解から多くの恩恵を得ている。一人がその展示に芸術史的な文脈を足す一方で、もう一方は社会的そしてより広い重要性について説明する。異なったスタイル、そして時に相反する見方で、彼らはその展示にかなりの楽しみを加えた。
 
そして現在の銀行家は注意を払わなければならないのだろうか?高利貸しがキリスト教徒の間で懺悔の念を引き起こす力を失ってから長くたつが、現在の金貸しは他の罪で非難されている。教皇ベネディクトはイタリアで「道徳の更新」を要求し、英国教会はロンドンのシティでの不道徳についてひどく苦しんでいる。
 
しかし、ほとんどの銀行家は今ここででの非難と同じ程度でしか来世での天罰を恐れていないように見える。ひどいことだ。神への恐れなしに、彼らは新たなルネッサンスに支払いそうもない。
 
 
発行日: 
2011-12-17
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