制限はなく、慣習もない - 日本を「クール」としてブランド化する

その美しい人々は官僚と手を結ぶ
 
東京にある日本の経済産業省(METI)の本省はその国の戦後の経済奇跡の操縦席だった。しかし、最近それは退屈な場所だ。「クール・ジャパン戦略推進事業」の事務所に入った時でさえ、装飾はほとんど輝いていない。アップルのマックブック一つ目に入らず、おとなしい「OL」が依然としてお茶を出す。
 
しかし、METIは羽根を伸ばしたいと思っている。車や電機と言ったかつての日本経済の砦は、韓国や中国などと激しい競争に直面しており、それは、ファッション、音楽、食品、アニメと言った創造的産業と言われる別の成長源を探している。
 
その探索は、核事故が海外での日本イメージが打ち壊した3月11日以来、より激しくなっている。(コンサルティング会社のインターブランドによると、拒否反応が覆っているので、時々日本の会社に間違えられる韓国の車メーカーのヒュンダイすらも傷つけているという。)「我々は日本を再ブランド化しなければならない」METIの渡辺哲也は語る。彼は3月11日を、日本が突然その産業的衰退から目覚めた「茹で蛙」の瞬間だと表現する。その狙いは、2020年までに文化輸出を日本が車の輸出で稼いでいるのとほぼ同じだけの11兆円とほぼ5倍に増加させることだ。役人の手の中で、その計画は必ずしも活気づいてはいない。クールジャパン運動の一つの一里塚は、戸惑うことに、IMFと世界銀行を来年日本に集めることだ。
 
しかし、若い日本のデザイナー、アーティスト、シェフ、そしてポップスターは、METIの関与にもかかわらずではなく、そのためにそれに群がっている。ファッションデザイナーのこやまたかしは日本の熱い流行を作る人々はあまりにニッチなので自分の力では外国に打って出られないという。METIの影響がなければ、彼らは近年より攻撃的に海外に拡大している安い韓国のライヴァルにコピーされるだろうと彼は語る。3月11日は日本の創造的産業にとっても目覚まし時計だったと彼は語る。「もし海外に行かなければ、我々は死ぬだろう。」彼は語る。
 
10月7日にMETIに支援された小さな日本のレーベルが、東京の先端的ファッション地区にちなんで付けられた原宿通りスタイルと呼ばれる臨時の店をシンガポールに開くことによってクールジャパン作戦をはじめた。その狙いは単に日本ブランドを促進するだけではない、とこやま氏は語る。小物と服装を組み合わせる「なんてこった」の姿勢である日本のファッションの「雰囲気」を促進することだ。「ルールや規制はない」がこれを表現するものだ。日本の経済政策立案者がその金言をより広く採用しさえすれば。
 
 
発行日: 
2011-10-15
雑誌名: 
記事区分: 
主地域: 
主カテゴリー: 
キーワード: 
0
まだ投票はありません

コメント

コメントを追加