新興都市の教会 - アフリカのカトリック

ヴァチカンの支部は、激しい競争にもかかわらず、強くなっている

受難節の4回目の日曜日に、ゴスペルの讃美歌がガーナの沿岸の静かな道路に出現する。5人組の楽隊が大西洋の上の丘の単純なカトリック教会の祭壇に香を焚く司祭を歓迎する。楽隊は別にして、ミサは伝統的だ。讃美歌はヨシュア記からの一節と互い違いに歌われた。教区民は、時折歌と手拍子の短い爆発に足を向けるよう奮起させて、熱心に見物する。

ここケープ・コーストでは、ピーター・タークソンが教会指導者として20年前に最初の経験を積んだ。現在枢機卿のその64歳は、教皇候補として目され、その教会のアフリカでの急速な繁栄を強調する。ヴァチカンによれば、アフリカには世界全体の16%の1.86億人のカトリックがおり、半世紀前と比べて数で6倍以上になっている。

そのアフリカ教会の活気は、その大きさだけではなく、その信仰への献身によっても注目される。「アフリカ人は度し難いほどに信心深い。」アクラの大司教チャールズ・パルマー・バックルは説明する。ワシントンのピュー・リサーチ・センターによる2010年の調査は、サブサハラアフリカを世界で最も信仰心の厚い場所に位置付けた。キリスト教は伝統的なアフリカ宗教にとってかわったけれども、かつてのアニミズム的な儀式の熱意は伝えられている。

それほど知られていないのは、カトリックのその大陸への深い根だ。北アフリカは、少なくとも3人の初期教皇を輩出した。現在のガーナへのポルトガル人入植者は、500年以上前にその信仰を西アフリカに紹介した。その教会は長い間学校と診療所のネットワークを後援している。

カトリックのアフリカでの成長は、ここ数十年で加速している。ミサでの土地言葉の使用を認め、現地民により多くの権限を与えた1962-65年の第2ヴァチカン公会議の後に大うねりがあった。その教会の土着化が進んだ。アフリカの歌と踊りが礼拝に組み込まれた。ヨーロッパ人宣教師ではない若いアフリカ人司祭が担当した。

アフリカでの教会は栄えているが、その分の議論がある。教会指導者は礼拝で地元の好みに訴えるのにどれだけ踏み込むべきか?アフリカの教会は自身の社会的課題を追究するためにローマからのより大きな自治を探るべきか?それは、特に若者の間で、福音派からの強い競争に直面している。ガーナでは、彼らはカトリック教会の倍の信徒を持っている。暴れん坊のカリスマ派の影響は、首都のアクラの路上では逃れ難い。粋な牧師の写真が、しばしば「預言者」と称して、看板やチラシに現れる。おじのような大司教パルマー=バックルは、彼の競争相手が、犠牲なしの救済である「十字なしの王冠」を提供することによってカトリックの領域を荒らしているという。多くは地上の豊かさを明示的に約束する。

その教会はまた、他の障害を克服しなければならない。先月、タークソン枢機卿は、その大陸で同性愛がとても珍しいので、アフリカの教会はその高位者の間での性的虐待がないと主張した時に、騒ぎを引き起こした。より広く、批判者は教会の事象の開放性の欠如を非難する。不正は深刻な問題だ。にもかかわらず、パルマー=バックル大司教は楽天的だ。たぶん豊かさや奇跡的な治療を見つけるためにその教会を去った古い教区民は、彼の信徒席に戻ってきている、と彼は言う。
 

発行日: 
2013-03-16
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