なんかおかしい中ロ歴史認識

私はただの一般人なので、まともな歴史認識を持っているとも思えないのだが、どうも直感的におかしいと感じるので、素人の視点としてメモしておきたい。

戦後65年ということで中ロで共同声明が出た。さらっと原文を探したが、見つからなかったので報道からの印象だけでしっかりしたことがかけるとも思わないが、原文が見つからない以上、報道が事実として伝聞されてしまうのは仕方のないこととしてご容赦願いたい。要するに第二次大戦はファシズムに対する勝利で、ソ連と中共はそれを持って戦勝の正当化をしているようだ。彼らがファシズムをどう定義しているのかは知らないのだが、軍と政治権力が密接に結びついた共産党政権がファシズム批判をしているところがなんともほほえましいと言うか、手前勝手というか、なんともコメントしがたい。よって立つ原点からして怪しい戦勝の正当性なのだが、それを基にした領土主権の主張はもっと奇怪だ。第2次大戦とは何の関係もない尖閣諸島はいうに及ばず、千島諸島の主張もかなりおかしい。日本は確かにポツダム宣言で千島諸島を放棄した。しかし、だからといってそこがソ連領になる根拠はどこにあるのだろうか。主権の放棄された朝鮮と同様に独立するのなら理解はできるが、何を根拠にソ連が主権を主張できるのだろうか。どうがんばっても国連信託統治領辺りがせいぜいといったところではないだろうか。

歴史認識という点で私見を述べておけば、第二次大戦というのは基本的には、植民地を持ち民主制度のほうが効率的に政策運営ができた国々と、植民地を持たないがゆえにキャッチアップ型の全体主義が効率的に作用しそれが侵略的に作用した国々との争いだと認識している。まあ、こんな類型化をしても、米中ソという戦後にキープレーヤーとなる国々はこの類型から外れているわけであり、何の意味もないといえるのかもしれないが、実はそこにこそ重大な意味が含まれているのだろうともいえる。歴史の大きな流れとしては植民地主義と侵略主義は相撃ちのような形になり、どちらも割に合わないことになったのだが、それを体で理解しなかった後進なのに戦勝国に入ってしまった、しかもそろいもそろって不相応な広さの国土を持った国々がこりもせず植民地主義と侵略主義を推し進めたことが冷戦の背景ではないのか、というのが個人的な見解である。

そういった見解で眺めてみると、ソ連の千島領有は明らかに侵略主義の延長であり、何の正統性もない。戦争の成果として侵略を行うということは更なる不信の連鎖を生むだけであるということは、普通の国はもうとっくに理解しているのだが、まだ理解できない国もあるということである。ソ連が冷戦という戦に破れたとき、自由主義陣営がどれほど寛大な措置をしたか、そしてそれがどれほど相互に利益を及ぼしたかということは、後継国家は当然理解してしかるべきだと思うのだが、それに思いが及ばないとは残念なことだ。

戦争責任という面からも少し検討してみたい。日ソ戦という観点で見て、もし仮に戦争責任を問う必要があるのだとしたら、一体誰が問われるべきなのだろうか。誰が戦争を始め、誰が侵略をし、誰が人道的な罪を犯したというのだろうか。はっきりさせておけば、日ソ戦に関して、日本は何一つ罪に問われるようなことはしていない。仮にソ連の後継国家がその事実を認めず、侵略行為を正当化し続けるならば、少なくとも私はこの事実はずっと語り続けるだろう。

中国に関しての戦争責任というのはもう少し複雑になるだろう。基本的に法的処理は済んでいるとはいえ、現在中国と呼ばれる国に住む人たちに対して大きな被害を及ぼしたことは消すことはできないだろう。そしてそれ以上に大事なことは、間接的にせよ、それが現在に対してどのような影響を及ぼしているか、という点である。第二次大戦後、現在に至るまで、そこに住む人々は戦災に脅かされ、その後はずっと全体主義独裁政権下にある。漢民族と呼ばれる人々はまあそれだけだが、それ以外の人々はさらに植民地状態にあるといえるだろう。日本が、といって大げさならば、少なくとも私が戦争責任を果たそうとするならば、これらの人々に自由と自治を与えるためにできる範囲内で努力すると言うことだろう。

私の主張が奇妙に思える人々は、それと同じような感覚で私がこの日露共同声明を捉えているということを理解していただきたい。歴史認識などというものは決して一つではなく、見方によってそれぞれ違うと言うことである。それを強引に押し付けることが如何に不毛なことかよく考慮することが必要だろう。

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