まだら模様だとしても、それは進歩だ - サブサハラアフリカでの民主主義

ザンビア人は投票箱で平和的にその指導者を追い出した。それはもはや大陸で前代未聞のことではないが、まだとても珍しい
 
「ザンビアの人々は話しており、我々は皆聴かなければならない。」大統領選に敗れたルピヤ・バンダは、9月23日に語った。彼の複数政党制民主主義運動は過去20年間ザンビアを支配してきた。しかし、野党愛国戦線とその指導者マイケル・サタがかなり公正な大統領選挙で43%対36%で勝った時、その現職は優雅に退出した。隣国やアフリカで、そのような潔い行動はまだ珍しい。
 
何らかの形で、民主主義はかつてよりも広く行われている。アフリカの植民地が最初に独立した1960年代頃から1991年まで、1982年のインド洋の島国モーリシャスでのすばらしい例外を除けば、アフリカの53の国々(今では南スーダンを含めて54カ国)のたった一つの国でも平和的選挙によって指導者や与党をその職から追い出すことができることを証明しなかった。その他では、タンザニアの故ジュリアス・ニエレレのような少数の大統領が自発的に辞職した。しかしながら、1991年以降30を下らない与党の指導者が投票により退出した。ケニアとザンビアのものは、追い出された例だ。そのような例はまだ少数派で、ケニアの2007年の終わりの直近の総選挙は争いに終わった。しかし、多党制民主主義は、中断や揺り戻しにもかかわらず、疑いもなく地位を得てきた。
 
更にアフリカの政府は正当な選挙から来る立派な地位を享受するようになる。彼らは西洋の首都を訪れた時、暖かい言葉と同様に追加の援助を期待できる。その指導者と与党を平和的に追いだした最近のもっとも良い記録を持っているガーナは、バラク・オバマのサブサハラアフリカへの大統領としての最初の訪問先の名誉を受けた。
 
一党制はもはやアフリカの基準ではない。何十年にも渡って自分たちの守りを固めてきた支配者たちは、今では少なくとも選挙をするという動きを経験している。そのうち17が今年行われる予定だ。その内の多くは、今のところ円滑に経過している。半分以上は信頼できる。
 
小さなスワジランドだけが、依然として絶対的君主制をとっている。その他のサブサハラ諸国は、しばしば不定期ではあるが、選挙による大統領制をとっている。例えばギニアは、最近の2つの選挙の間に51年の間隔があるが、アルファ・コンデをその大統領に再確認した去年の選挙は公正なものだった。7月に、アフリカの民主制を支持する姿勢として、オバマ氏は、コンデ氏、、去年負けを認めることを拒絶した現職を破ったコートジボワールのアラサン・ワタラそしてニジェールとベナンの指導者という4人の自由に選ばれたフランス語圏西アフリカの指導者たちをホワイトハウスに歓迎した。
 
エチオピアは大統領制議会民主主義を取っていないアフリカの唯一の大国だ。悲しいことに、それはメレス・ゼナウィのもとで厳しい権威主義的支配に陥っている。今、リビアのムアンマル・カダフィが倒れたので、モーリタニアが唯一の明らかな軍事独裁制だが、その指導者のムハンマド・ウルド・アブドル・アジズ将軍でさえもその制服を脱ぎ、選挙に勝ったと主張している。アルジェリアは依然として最終的に兵士によって運営されているほんの数少ない国々の一つだ。
 
アフリカの指導者は、真の民主主義者であってもそうでなくても、今では選挙の準備のために巨額の金を使っている。市民社会グループは今年のナイジェリアの選挙には5.8億ドルかかり、おそらく世界記録になると語る。コンゴは11月に国連や他の外部者の助けを借りてその記録を破るかもしれない。
 
そのような費用は、残念なことに、常に自由で公正な選挙を意味するわけではない。反対派はしばしば妨害し、嫌がらせをする。ワシントンに拠点を置くシンクタンクのフリーダム・ハウスによって全面的に自由だと分類されている国は、アフリカの南の先端と西アフリカの端にあるだけだ。ほかはどこでも、反対派が下から登って来られないよう確保するためのいかがわしい方法の勢ぞろいとして使う、調子のいい柱の一番上として民主制を宣言した。ナイジェリアのかなり高価な投票は依然として不正の穴だらけだ。
 
ルワンダの大統領のポール・カガメは、去年投票の93%を集めて再選された。彼は、その印象的な開発の記録で、最も最近にはパリで、そして多くの西側の首都で歓迎された。しかし、本国では、彼はますます弾圧的になっている。野党は怯え、独立系記者は脅され、重要な聖職者は投獄され、反対者は迫害され時には殺されすらした。しかし、いつ憲法がそれを要求しても、カガメ氏は選挙を行うことは確かだ。
 
その記録は今のところアフリカよりもはるかに悪い、アラブ世界での民主的変化の風は、南に膨らみ始めている。アフリカの親民主主義運動は、明らかにアラブの目覚めにより励まされ、活気づいた。多くの普通おとなしいアフリカの国々はより代表する政府を好んでデモを体験している。「アラブの春は我々にとって素晴らしいひらめきだった。」と、マラウィの市民と政治空間プラットフォームの長のビリー・マヤヤは語る。「しかし異なった動態を含んでいる。」
 
にもかかわらず、道路での反対運動は盛り上がっている。今年のはじめに、強い経済、良い統治、報道の自由のおかげでアフリカのゴールデンボーイであるボツワナは、最初は給料について、初めての全国的な公共部門のストライキを経験した。学生、野党支持者、人権活動家が参加した。7月には、活気のないマラウィで20人のデモ参加者が治安部隊によって殺された。ビング・ワ・ムタリカ大統領はそれから全ての政府をクビにし、自分で支配すると語った。最近彼は新しい内閣を任命した。彼が「独裁的で批判に不寛容だ。」という英国大使からの漏れた電信を示された時、その外交官を国外追放にすることによりすぐにその指摘を証明した。
 
ジョゼ・エドゥアルド・ドス・サントスが1979年以来権力を握り、同じ与党が独立した1975年以来統治しているきつく管理されたアンゴラでさえも、今のところは小さいけれども、抵抗が泡立っている。3月に計画されたデモは、野党の政治家が死の脅しを受けたあとで、中止が宣言された。仕切り屋の何人かは逮捕された。4月に300人の抵抗者がこれらの拘束者の開放を要求した。9月には別の人々が暴力的な抵抗の後で逮捕された。
 
ザンビアは再び良い例を整えた。忠実な野党、真の独立した司法や中立で与党政治家に借りがない公務員といった概念である、平和的な敵対者相互間による政治は、依然として基準ではない。しかし、増大する教育を受けた中産階級を先頭に、ますます多くのアフリカ人がそのようなことを要求している。これはそれ自身進歩だ。
 
 
発行日: 
2011-10-01
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