中国とジハーディスト – 中国と西側を結びつける代わりに、ジハーディストの暴力は彼等を更に分断するリスクがある

理屈としては中国と西側が協力することのできる一つの外交政策上の問題は、ジハーディストのテロとの戦いだ。中国と西側の指導者が会うとき、彼等の声明は普通「全ての形態の」テロリズムを非難し、それに対抗するためのさらなる協力を約束する。しかし、パリでのシャルリー・エブドへの凶行と最近の国内での成功した対テロ作戦に対する中国の反応は、大きな認識の差を明らかにしている。

中国は、パリの攻撃を無条件に批判した。しかし、その報道機関はまたシャルリー・エブドもムスリムを攻撃したとして非難した。「表現の自由マニア」だというのだ。

西側の中国国内のテロに対する反応は、更に問題だと見なされる。「テロとの戦いと宗教的過激派の黙認という二重基準は、誰にとっても良いことではない。」中国の公式新聞チャイナデイリーは今週激しく非難した。その新聞は、ウイグル人ムスリムが中国の新疆から出て、まずはトルコに、それからシリアかどこかの過激派に参加するのを助ける密出国のネットワークを破壊したことを祝った。

チャイナデイリーのいう二重基準とは、そのような男たちをテロリストではなく「母国で抑圧から逃れ自由を求めている無実で無力な少数民族の一員」として描くことだ。対照的に、中国は、ウイグル人のせいだとするテロ攻撃を一部外国にあおられたものだと描き、中国国内の過激派ウイグル人は地球規模の脅威だと見せようとしたがっている。先月、中国の報道機関は、300人の中国国籍保持者が、シリアとイラクのイスラム国で戦っていると報じた。

ウイグル人の中には、確かに去年3月の中国南西部の昆明の鉄道駅で29人が殺され143人がけがをした、ナイフを使ったすさまじい大虐殺を含んだテロで、有罪のものもいる。中国の多くの民間人は、西側が生命が失われたことに対して、同情を欠いているとして感情を傷つけられている。中国人の命はそれほど問題ではないのか?というのだ。

昆明とパリの攻撃に対する西側の反応の比較、そしてそれが裏切った中国人の被害者意識は、奇怪に見える。昆明の虐殺は遠く離れており、テレビで生中継されなかった。外国へのニュースの広がりは、中国がTwitterやFBなどのメディアを制限したことによって更に妨害された。中国政府は、フランスがしたような、外国の指導者を招いての大衆の行進を奨励しなかった。外部世界にとって、誰が殺人者でなぜ彼等がそうしたのかはすぐには明らかではなかったのだ。そしてフランスで行進に参加した人々は、テロ反対というだけではなく、表現の自由の原則を支持するためにそうしたのだ。

しかし、チャイナデイリーなども、西側の人の中には中国のテロの問題に目をつぶっている人もいるという点で、たぶん正しい。多くの人は、法を守る人ですらも中国を去るのが難しいウイグル人に同情的だ。だから、脱出してきた人はしばしば抑圧からの難民だと見なされる。けれども同じ理由で、中国は自身の抑圧的な政策で起こされる損害に目をつぶっている。民族的にも言語的にもトルコ系のウイグル人たちは、長きにわたって、新疆への漢族の流入に押さえつけられている。散発的な暴動は、厳しく取り締まられている。宗教活動の抑制はさらなる怒りをかき立て、彼等が抑えようとした原理主義を更に加熱している。穏健派ウイグル人知識人層は容赦なく追い回されて投獄され、国境を接するアフガニスタンや、パキスタンのトライバルエリアからの過激派の影響の余地を残す。

 

中国のタリバン

新疆でのその問題を解決するために、中国は国内外両方で方針を変える必要がある。もし、地球規模のジハードがその問題の根にあるのならば、中国がやっているように事実上テロとの戦いをアメリカとその同盟国に下請けに出し、パキスタンにその国内にいる過激派集団を統御するよう望むだけでは十分ではない。アフガニスタンの外国軍が引き上げるに従い、中国は、実際、より活発な外交的役割を演じ始めている。

外交政策は、その脅威に適応し始めているかもしれないが、新疆自体に対する政策は不平に取り組む方法として中国が展開する鉄拳がほとんど弱まっていないことを示す。それはテロのいいわけにはならず、中国の怒りは正当化される。しかし、抑圧はうまくいかず、ジハーディストのテロに対する共同戦線を示すのを難しくする。

 

レヴュー: 
敢えて突っ込みはしないが、いろんな点で歯切れが悪いと言わざるを得ない。一番不幸なのは、こうした大国間のレトリックの応酬に振り回される一般の人たちなのだろう、と言う気がする。
発行日: 
2015-01-24
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