ジンバブエから活気を盗む - ジンバブエの選挙

ロバート・ムガベは、投票における更なる疑わしい勝利を主張する

7月31日のジンバブエの選挙の1日前の天気の良い午後に、ロバート・ムガベは外国人記者からの質問にうまく答えた。彼の公邸であるステート・ハウスの中庭に座って、その89歳はその大きく予言された死去について冗談を言った。彼は、その敵によって何度も死んだと思われた、といった。「しかし、彼らは決して私の復活については語らない。」

数日後、ムガベ氏の政治的幸運はほとんど誰も予想しなかったやり方で生き返ったことがはっきりした。大統領選に投じられた350万票のうち61%を得て、彼はその主敵の民主変革運動(MDC)のモーガン・ツァンギライを負かした。ムガベ氏のZanu-PFは210議席中158議席を得て、議会選挙でもMDCを圧倒した。

これは、自分の国で広く軽蔑された男にとって、いくらかの復活だった。ムガベ氏の政治生命は、投票が締め切られてから5週間後に発表された公式集計に基づいて、ツァンギライ氏に43%対48%で敗れた大統領選挙の第1回投票の後で、2008年の3月に短期間どちらとも決まらなかった。その遅れは、その遅れは、ツァンギライ氏が彼に公然たる勝利を与えただろう多数派を否定するよう、結果を改ざんすることを許した。決選投票は6月に行われたが、彼の支持者200人を死に追いやった暴力を恐れたツァンギライ氏は、それに全くくみしなかった。

数か月後、彼はジンバブエの隣国によって仲介された統一政府でムガベ氏に加わった。これは、次回の自由で公平な選挙への道を敷いたと思われた。しかし、必要な改革について何年も足を引きずり、ムガベ氏は突然6月に選挙を求め、MDCとその過程を監視する地域組織である南部アフリカ開発共同体(SADC)に不意打ちを食らわせた。憲法裁判所への訴えは、投票日に間に合わなかった。

MDCは、有権者登録と有権者リストの確認のために十分な時間がなければ、選挙を戦わないだろうといっていた。しかし、選挙日がもはや変えられず、その指導者たちは活動を始めた。世論調査の中には、33年のムガベ氏の悪政にみんな嫌気がさしていることを考えると、彼らは勝ちうると示唆するものもあった。

その判断は、あまりに楽観的だったと証明された。最後の投票用紙が投じられて数時間以内に、ツァンギライ氏はその選挙がインチキだと宣言し、Zanu-PFによって用いられたごまかし戦術を列挙した。重要な策略は有権者リストを支配したことだった。都市居住者や若者といったMDCを支持しそうな人々は、投票所に入れなかった。独立団体のジンバブエ選挙支援ネットワークによる6月19日のリストの分析は、都市部の大人の68%しかリストに入っていないのに比べ、田舎ではほぼ100%が入っていたことを示した。多くの登録有権者は、地元の投票所から追い払われ、離れた地区に転送された。

MDCは100万人もの有権者をだまし取られているかもしれない。しかし、それは依然として、いかにムガベ氏ほど不人気な人物が210万の投票を集めることができたかを説明できないままにしている。Zanu-PFへの支持基盤が様々な不正工作の助けで増加したようだ。金を与えられたり約束されたりして、彼らは例えば(ジンバブエが約90%の識字率を持っているにしても)投票用紙を読むのが難しいと主張して、仲間を脅して投票の助けを求めさせた。親分や役人が、それから彼らを投票ブースに伴い、彼らがムガベ氏に投票したことを確認した。

Zanu-PFはまた、幽霊投票者で数字を水増しした。10万人以上の100歳以上の人々が、選挙人リストに載っていた。支持者の多くの名前が重複していた。投票機会は、簡単に偽造された登録スリップを発行することで担保されただろう。それぞれの有権者の小指は2重投票しないようしるしをつけられると考えられた。しかし、使われたインクは消えないものではなかったかもしれない。鍵となる区では、投票年齢に満たない少年たちが投票用紙を求めてバスで運ばれた。

MDCは、その選挙の正統性を裁判所に異議申し立てするために、そのような苦情の一覧を集めている。それは失敗するよう運命づけられているようだ。ツァンギライ氏が認めるように、Zanu-PFは裁判所を支配している。野党は近隣諸国から多くの支援も受けないだろう。南アフリカの大統領でSADCのジンバブエ問題の中心人物のジェイコブ・ズマは、ムガベ氏に「深淵な祝福」を送り、他の人々に結果を受け入れるよう促して、彼の選挙立会人チームの最終判断を先制した。その選挙へのアフリカ連合の派遣団の長で元ナイジェリア大統領のオルセグン・オバサンジョは、その投票を「かなり公平」だと呼んだ。近隣諸国のジンバブエ疲れは明白だ。彼らは暴力がなかったことにホッとしている。

MDCはいま、一部としてとどまる戦いに直面している。批判者は、ツァンギライ氏が判断の避けられる失敗をしたという。最初に有権者名簿を見ることなく(それは投票日のほんの数日前に届けられ、神によるものだけだった)選挙に参加するのは無邪気だ、と彼らは言う。そもそもムガベ氏との連立政権に入ったのが賢かったのかどうか、今不思議に思うものもいる。それは、ひどく弱体化したZanu-PFに、再結集する時間を与えた。治安部隊や裁判所と同様に、利益の上がる鉱山を監視する鍵となる省庁を割譲することで、MDCは事実上ムガベ氏の党に、その選挙を確保した権力と資金を与えた。一方、官職にそらされ誘惑されたMDCの大物は、地方で十分に大きな存在感を打ち立てるのに失敗した。

ツァンギライ氏が、どの時点で弱いとか怖れているとか見られることなしに選挙から引き揚げることができたかというのははっきりしない。MDCはきちんとした理由があって統一政府に参加した。ハイパーインフレ、コレラ、そして飢餓に取り囲まれた国を救うことだ。ツァンギライ氏はしばしばムガベ氏に出し抜かれたが、最も狡猾な政治技師であっても、軍、警察、裁判所、そして国有放送局を支配する反対者に対して簡単に打ち勝つことはできなかっただろう。

いま、どうやってムガベ氏は統治するだろう?彼は職を作り出すことを約束しているが、前回Zanu-PFが単独で政権を担った時、白人所有のGDPは半減した。事業に過半数の株式を黒人ジンバブエ人に手渡すよう強いることを約束した運動は、より必要となる投資を惹きつけそうもない。資金はすでにその国から流出している。ムガベ氏の勝利が発表された後の最初の取引日に、現地の株式指数は、多くが害人投資家の売りのために、11%下がった。

Zanu-PFの関係者は、ジンバブエには彼らが盗むべきものは多くは残っていないことを知るべきだ、と楽観的な人は示唆する。しかし、彼らはその選挙公約から漕ぎ戻すだろうか?MDCの事務局長テンダイ・ビティの後を継ぐ財務大臣のムガベ氏の選択が、最初の手掛かりだ。運が良ければ、彼は有能な技術官僚を選ぶだろう。

しかし、誰がその職を得ても、経済の見通しは心配だ。アメリカドルを法貨として採用し、財務の安定性と低いインフレ率は4年前に戻った。しかし、それは脅かされている。Zanu-PFの大物による、再び現地通貨を作り出すという話は、資金蓄積を促している。銀行は、新通貨への強制変換の危険を避けるために預金者が資金を引き出したいと思った時のために、大量のドルを蓄えている。不確実性が続く限り、成長は少なく、その国は苦労するだろう。ハラレでの雰囲気は落ち込んでおり、ムガベ氏の政治的復活は、ジンバブエについての死の棺を運んでいる。
 

発行日: 
2013-08-10
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