独裁制を受け入れられるようにしようとしてきた男 - エチオピアの首相

アフリカで最も成功した実力者の一人の後に何が続くのだろう?

エチオピア首相のメレス・ゼナウィの8月20日の死は、彼の作り出した国について多くを明らかにした。彼の病状の詳細は、最後まで秘密のままだった。1日遅れで、国営テレビでの短い放送が、エチオピア人に過去21年間の彼らの「ヴィジョンのある指導者」が亡くなったことを知らせた。彼は、外国のどこかでの特定できない「突然の感染」によって亡くなった。その首相が最後に大衆の前に姿を現してから2か月間、彼の病気を報道したたった一つの新聞はパルプにされ、その事務所は閉鎖され、その編集者は逮捕された。メレス氏の死についてのさらなる詳細は、EUの高官が彼がブリュッセルの病院で亡くなったことを確認した時だけ表に出た。

アフリカの政治シーンにそびえたつ人物の彼は、その轍に多くの不確実さを残す。第二次世界大戦以来いつも力によってたった3度しか権力の交代が起きていないエチオピアは、今、難しい変換の時期に直面している。メレス氏の選んだ後継者は、せいぜい地位を保持するだけだ。ほとんどのエチオピア人は、彼の首相のことをどう思っていようとも、継承を成し遂げるまでいるだろうと推測していた。代わりに、彼はやってきたのと同じくらい予測できない形で消え去った。彼が、エチオピアを支配していたマルクス主義軍事政権のDergに対する戦いに参加した1970年代には、彼は和解医学生だった。彼はレゲッセ・ゼナウィとしてやぶの中に入り、殺された仲間に捧げてとった戦争の名前である「メレス」として現れた。

彼は正確に誰なのか?その国の北側からの民族的民兵であるティグレ人民解放戦線の指導者として、厳しく容赦のない革命家として彼の同国人に彼を紹介した。だが、山の隠れ家で彼と話した西洋人は、連邦国家の改革案を正確な英語で設計する賢く控えめな男を見た。最後のDergの指導者メンギスツ・ハイレ・マリアムの没落後の1991年に、36歳のメレス氏は権力を握り、アフリカで最も若い指導者になった。彼は、様々な飢饉の生き残りとして道徳的権威を持っていた。バンドエイドやライヴエイドの慈善コンサートを通してエチオピアの飢餓に気づいた西側の政府や大衆は、惜しまずに与えた。メレス氏は、援助者がエチオピアで運営でき、彼の国をアフリカ最大の援助受領者に変えたというもとで、しばしば条件を指図することができた。

ほかの国が開発援助を無駄にしたなか、エチオピアはそれをうまく使った。世界銀行によれば、過去10年間にわたって、GDPは年に10.6%成長し、それはほかのサブサハラ諸国の平均の倍だったという。極貧状態で生きている(1日60セント以下の生活)エチオピア人の割合は、メレス氏が権力についた時には45%だったのが、30%を切るまで下がっている。大規模な天然資源がなく、政府は製造業と農業を後押ししている。輸出は急速に増加している。現在建設中の一連の水力発電ダムは、その経済に今後数年間更なる押上げを与えると予想されている。

メレス氏の記録の裏側は、権威主義だ。彼が旅立つ前に、重要な野党は「すでに死んだ」ことを彼は確認した、と人権活動家のゼリフン・テスファイェは語る。2010年の選挙で99.6%の票を獲得して、与党は1議席以外すべてを議会でもっている。野党が期待よりもよくやった5年前の投票後のより開かれた政治への軽い関心を捨てた。その体制はその後に、教師組合から人権団体までの独立系の組織を分解し、厳しい新たなルールで外国の資金を受けた計画を縛って、村レヴェルからその国を再配線した。野党は禁止され、その指導者は投獄されるか亡命を余儀なくされた。報道機関は黙らされた。

国際的には、メレス氏は離れた飛行場を非武装無人機の基地とすることを許して、アメリカとうまくやった。彼はまた、地域警察として活動することを好んだ。彼の軍隊は、繰り返し隣接するソマリアに入った(彼らはゆっくりと征服した領域をアフリカ連合平和維持軍に手渡している)。エリトリア国境沿いに、時には敵意が燃え上がっている。メレス氏はその小さな隣国を脅し、それを悪漢国家としてみるよう世界を説得した。これはひいては、彼が国内での民族主義者を抑えるのに役立った。彼がいなければ、両側の強硬派は再び武力衝突したかもしれない。

メレス氏のエチオピアの権力の性質は、驚くほど不透明なままだ。表面上、エチオピア人民革命民主戦線が、その国の民族的分派のすべてを含んだ幅広い集団だ。自由憲法のように、それはかなりインチキだ。真の権力はメレス氏の仲間の内部サークルにある。彼らは皆、エチオピアの8,200万人の人々のたった7%を占めるに過ぎない彼の故郷であるティグレからきている。彼の執行後継者は例外だ。外務大臣のハイレマリアム・デサレンは南からだ。彼の卓越は、アムハラとティグレ地域の高地キリスト教徒のハベシャによる長い支配が薄められるかもしれないという望みをもたらす。しかし、彼が真の支配をふるう十分な足場を持っていると考えるものはほとんどいない。

権力は、諜報機関の長であるゲタチュー・アセファ、エチオピア砂糖公社の事務局長であるアベイ・ツェハイェ、そしてメレス氏の未亡人アゼブ・メスフィンのようなティグレ族によってふるわれるだろう。国会議員の彼女は、ティグレのための再建基金として始まり今では多数の投資をしているEFFORTとして知られる不規則に広がる企業複合体の長を務めている。ティグレ人の誰かが与党の指導権を探るか、脇から支配をふるうことに満足するかははっきりしない。このエリートの間での闘争は、安定への大きな脅威となるだろう。
 

発行日: 
2012-08-25
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