後光と神聖さ - フラ・アンジェリコ

 

15世紀の名匠の作品を見る珍しい機会
 
パリのオスマン大通りの騒々しい往来から離れた世界にジャックマール・アンドレ美術館はある。それは、イタリアルネッサンスの宝物が詰まった控えめだが巨大な邸宅だ。そこでは、ほぼ25の(ほとんどがイタリアの美術館や教会から来た)フラ・アンジェリコによる、この上ない注意深く光を当てられた絵画が、初期ルネッサンスの彼の同時代人の同じくらいの数の作品とともに固まった、その修道士の地元トスカーナ以外では珍しい展覧会が訪問者たちを魅了している。
 
複雑な黄金の後光を対照的な瑠璃色(ラピス・ラズリ)と朱色(ヴァーミリオン)と組み合わせた、使徒、預言者、聖人の神聖な整列は、6世紀後にも依然として活気に満ちている。優雅でしなやかな線で描かれたフラ・アンジェリコの聖女たちは、緑の竜を槍で刺したときの白馬に乗った若々しい聖ゲオルギウスと同様に、彩飾された古文書、パオロ・ウッチェロのアダムとイヴで肩をこすりあわせている。その修道士の初期の絵画の一つ、1410年の(ローマの迫害から上エジプトに逃れた避難場所にちなんで名付けられた)「テーベ地方」は、修道士で満ちた光景を描いている。彼らは、会話をしたり、庭の手入れをしたり、熊と遊んだりしている一方で隠遁者が彼らの洞窟をのぞき見しているのだ。
 
フラ・アンジェリコは、最初1423年頃にドミニコ会の修道士として記述され、1982年にヨハネ・パウロ2世によって美化された。彼の宗教的厳粛さは長い間芸術的革新者としての彼の天賦の才能の影を薄くしてきた。それは残念なことだ。彼の絵画は、彼の仲間の修道士で名人のロレンツォ・モナコから学んだ「国際ゴシック」様式のすべての繊細な優美さと強烈な色彩を具体化している。しかし、彼はまた、当時現れていたすてきな最新の技術も吸収していた。それはここでは三次元と遠近法を把握したマサッチョとウッチェロの作品によって描かれている。展示されている4つの聖母の一つ、フラ・アンジェリコの1428年の「謙譲の聖母」は、彼女を信頼できる心の温かい存在として描いている。彼女の息子は彼女の半透明のヴェールで遊び、フラ・アンジェリコの作品すべてに特有の、落ち着いて神話的な雰囲気に満ちている。
 
一つの明らかな例として、モナコの「水夫を救う聖ニコラス」は、平坦でほとんど抽象的な印象を持つ。聖者は緑がかった渦巻きで象徴される海に止まる水夫たちを救っている。フラ・アンジェリコの人物は、対照的に、軽く埋められた空間に動く、彫刻的な威厳を持っている。「打ち首にされる聖コスマスと聖ダミアヌス」の日が差した光景は、フラ・アンジェリコが遠近法の名人であったことを例証している。3人の後光が差した首をはねられた聖人たちが草の上に大の字になって倒れている。4番目の男がひざまずき彼の運命を待っているとき、高く暗い西洋檜、白い町の壁、彼の後ろにあるトスカーナの丘が遠くに引っ込んでいる。「聖ニコラスの人生からの逸話:誕生、召命、そして3人の貧しい少女たちへの贈り物」という別の作品の中で、フラ・アンジェリコは、完全にルネッサンス風の衣装を着た人物たちを、異なった色の立体、壁、柱に囲まれた形で描く。
 
フラ・アンジェリコのよく知られた作品はフィレンツェのドミニコ会修道院サン・マルコにある一連のフレスコ画だ。彼はそこからパトロンで友人でもあるコジモ・デ・メディチの保護の元あえて進み出したのだ。彼らはここでヴィデオ上映されており、それは視聴者に想像の飛躍を要求する。しかしこの豊かな展覧会は、フランスではこの種の最初のものなのだが、学芸員が壊れやすいテンペラ画を借りることを恐れていたことを考慮に入れると、依然として注目すべき大成功だ。代わりに、ジャックマール・アンドレはそこにあるルネッサンス期の名画を代わりにイタリアでの展覧会に出さなければならないだろう。しかし、パリっ子たちがよい取引をしたと結論づけないのは難しい。展示されている絵画は、フラ・アンジェリコの芸術のすべての微妙な繊細さを表しており、発見の縁にある精神的時代の鮮烈な生き残りなのだ。
 
 
発行日: 
2011-12-17
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