父祖たちの足跡 - 北東アジアの国際関係

受け継がれた怨恨は北東アジアの不安定な国際関係を複雑にするかもしれない

世襲君主制は流行遅れになっているが、アジアの多くでは、政治的指導力は家業のままだ。インド、バングラデシュ、パキスタン、マレーシア、フィリピン、シンガポール、そしてタイはすべて、以前、または実際には、前の指導者の息子や娘、未亡人や男やもめ、または妹によって率いられている。

しかしながら、政治における世襲原則のしつこさが最も興味深い示唆を持っているのは、北東アジアだ。その地域の緊張の根には、歴史認識の争いがある。先月の日本と韓国の選挙の結果は、今では彼らがみな、中国や北朝鮮と一緒に、その歴史において大きな役割を果たした男たちの子や孫によって率いられることを意味する。彼らがいかにその先祖代々の職責を解釈するかが、いかにしてその緊張を演じるかを決める役に立つだろう。

日本の首相として2度目に選ばれた安倍晋三は、確かに子供としての職責の感覚を持っている。先月の彼の勝利の後で、彼は元外相だったその父と元首相で安倍氏の政治的英雄である祖父の岸信介の墓参りに行った。彼は、彼の家の外の群衆が彼の辞任を要求した1960年に、その祖母の膝に座っていたことを思い出している。今、岸氏のように、彼は日本の「戦後レジームかえ」たいと思っている。その意味するところは、その国が再び強く誇りを持つようになることだ。

祖父の岸氏への忠誠は、日本の隣国にとっては心配だ。彼は、アメリカとの戦争を宣言した日本の閣僚の一人で、罰せられることはなかったけれども、戦争犯罪の容疑者として戦後3年以上にわたって牢獄で過ごした。1936-39年の間に、彼は北東中国の満州を占領したあとに日本が立ち上げた傀儡国家の満州国の最上級官僚だった。

日本の占領はまた、韓国で大統領に選ばれた朴クンヘの父親の人生の形成にも役割を果たした。朝鮮が日本の植民地だった時、朴正煕は満州国帝国軍に参加し、1940年代に満州で戦った。北朝鮮の若い専制君主金正恩の祖父、金日成の人生は、彼の周りに打ち立てられた神話から解き放つのが難しい。しかし彼も、早期に反日運動と中国共産党に参加し、満州で戦った。そして四家の戦時の歴史を締めくくる中国の新指導者習近平の父親習仲勲は、満州ではなく北西中国で日本の占領と戦って1930年代にすでに党の中で指導的な人物だった。

戦後、たくさんの毛沢東の同志のように彼とその家族も1960年代の文化大革命の間に苦しんだが、彼は副総理にまで上り詰めた。それまでに、金日成は固く平壌に落ち着き、1994年に死んだときその権力を彼の息子で現在の支配者の父親金正日に譲った。一方、朴正煕は新たに独立した韓国軍に移り、協力者としての過去を償い、地位を駆け上がり、1961年に権力を握り、1979年に暗殺されるまで支配した。選挙の前に、朴女史はその父親の権威主義を否認した。しかし、彼の支配が経済公共の減少をもたらし、彼女がその娘であることは、彼女の訴えの一部だ。

もっともびっくりさせる戦後の人生物語は、岸信介のものだ。戦後期のある歴史家にとって、岸の注目すべき復権は、彼を「戦後の徹底的な政治浄化をするための、日本の戦前と戦後の政治の継続性、言い換えれば日本の失敗、の典型」にした。その認知された失敗は、日本の隣国との絶え間ない摩擦のもとだ。中国は、その証拠を無人の尖閣諸島を領土問題と認めない日本の立場に見ている。ある中国の報道官は、日本が「戦争の結果を否定しようとしている」と非難している。

安倍氏は選挙戦を、岸氏が確かにしたいと思っただろう、中国に対抗するだろう男として戦った。すでに、中国は彼の気概を試している。今週、彼の政府は、中国の監視船がその島の水域に異常なほど長くとどまったことについて中国の大使に不平を言うために出頭を命じなければならなかった。受け入れられた歴史の記録に対するより直接的な挑戦は、安倍氏の下で日本が、帝国主義時代に慰安婦に公式に関与したことを認める20年前の政府声明を取り消すかもしれないということだ。今のところ、安倍氏はその生命が見直されるべきだと単に示唆しているにすぎない。

実際には、安倍氏は2006年のその短い一期目と同じように、隣国にかなり懐柔的に見せて、その任期を始めている。それは、彼らと、日本の防衛義務を持っているので中国とのけんかに神経質なアメリカの両方にとって軽い救いになっている。アメリカはまた、別の大きな同盟国である韓国と竹島をめぐる日本との関係の悪化について仰天している。望みは、2006年と同じように、政府の現実は選挙期間中の民族主義的熱意を和らげているということだ。またはたぶん、日本政治についての明敏なブログ「シサク」の著者であるマイケル・クセックが示唆しているように、安倍氏は7月の参院選まで時節を待っているのだろう。2007年に、そのような選挙に負けたことが彼の一期目を終わらせるのを助けたのだ。
 

遺産問題

結局、安倍氏は、日本の平和憲法に対する、日米安保条約に対する、そしてその「愛国的」文脈を支持する、抜本的な民族主義的改革への彼の望みを隠そうとしていないのだ。もし彼が前進すれば、彼の父や祖父の墓は正当に尊敬を受けるだろう。しかし、日本の占領の苦悩と恥辱が鮮やかな政治的問題であるままの中国や韓国では、それは日本が過去と直面することを拒絶する新鮮な証拠だとして受け取られるだろう。そしてその指導者たちは、彼らが抵抗するよう駆り立てるその先祖たちを感じるかもしれない。
 

発行日: 
2013-01-12
雑誌名: 
記事区分: 
主地域: 
主カテゴリー: 
キーワード: 
0
まだ投票はありません

コメント

コメントを追加