辺境の思考方法 - エチオピアに投資する

 

新たな基金がその国の魅力とつながりの価値を証明する
 
長く未開だったエチオピアはより良い理由で魅力を集めている。それは、アフリカで最も早く成長する非エネルギー経済になった。投資家は気づいている。南アフリカ最大の消費者食品企業のタイガー・ブランドは、去年大きな買収で南アフリカに拡大した。ディアジオとハイネケンは最近、その国の国有酒造会社買収のために、合わせてほぼ4億ドルを支払った。
 
最新の証拠は、アメリカの投資会社でファミリーオフィスのシュルツ・グローバル・インヴェストメンツが5月9日にその国だけに焦点を当てた最初の民間投資基金である1億ドルのエチオピア基金を立ち上げたと発表したことだ。政府所有の開発金融供給者である英国のCDCからの少なくとも1,500万ドルとそのファミリー自身の1,000億ドルが根拠となり、その基金は農業事業やセメントから保健や天然資源までにわたる部門に投資する。
 
エチオピアへの投資は、しかしながら、臆病者のためではない。今年3,850億ドルの国民所得が予測されるその国の8,500万人は、依然として世界最貧国に位置付けられている。その政府の大きな支出は、高いインフレ(3月の32.5%は9か月の最低地に近い)や民間企業が利用できる信用を縮める大きな政府借入を含んだリスクをもたらす。さらに大きな借入や支出が計画され、必要とされている。エチオピアの首都の中心は、中国の融資によってイタリアや中国の業者によって建てられた新しいコンクリートの幹線や橋によって横断されているかもしれない。しかし、アディス・アベバの残りの部分は、首都の貧民街やスラムのうねになったスズの屋根の住居が並んだ埃っぽい小道のつぎはぎだ。
 
貧困がはびこっており、どれほどの速さで消費者階級が現れるのかという疑問が持ち上がっている。農業が依然として国民所得の大きな源であり、GDPの40%と雇用の80%以上を占めている。ほとんどすべての民間事業が小さい。その顧客がインフレに長きにわたって耐えることができない家族所有の売り子や修理屋といったものだ。信用はつながりがない人たちにとっては確保するのが難しい。免許を持った輸出業者だけが、繰り返される通貨の切り下げから絶え間なく利益を得ている。エチオピアに投資するということは、辺境に投資するということだ。
 
それは、SGIを経営しているガブリエル・シュルツには合っている。彼はアメリカの辺境一族の御曹司だ。彼の曾曾祖父ウィリアム・ボイス・トンプソンは、オールドウエストで破産をもてあそび、今では230億ドルの会社であるニュー・マウント・マイニングを設立した。シュルツ氏は彼の家族(彼の3人の若いきょうだいは養子になったエチオピア人だ)を通して作り上げたつながりのために、エチオピアで滑らかに営業している。2008年に、彼はその首都に恒久的な事務所を作り、亡き皇帝のハイレ・セラシエの下で高官を務めていたものの二人の娘を含んだ、エチオピアの帰国した亡命者階級をスタッフに迎えた。
 
つながりが重要だ。エチオピアの扉はすべてが外国の投資に対して広く開いているわけではなく、むしろ選択的に開かれているのだ。メレス・ゼナウィ首相の体制は、イデオロギー的かつ権威主義的だ。与党とその同盟者は2010年の選挙で議席の99.6%を勝ち取った。その複雑な官僚制度は、最も小さい民間事業にとっては悩みの種だ。メレス氏は公共投資や国有事業にあこがれて、(銀行、通信、そして小売りが外国投資家に制限されている)新中国式青写真から学んでいる。アディス・アベバで事業をしたいと思う外部者は、メレス氏やその大臣たちとよい関係を築かなければならない。
 
似たように、そしてより大きいのは、(コーヒーの輸出、セメント工場、そして石油会社といった)現存するSGIのエチオピアへの投資は、それらを経営し、何世代もさかのぼる家族や個人のネットワークを持ったエリート家族への投資だということだ。SGIのポートフォリオの中で、コーヒー事業の所有者であるBagersh兄弟は、コーヒー輸出業者の3代目を代表する。石油会社南西エネルギーの創業者Tewodros Ashenafiは元戦争大臣のひ孫だ。CDCの最高運営責任者のShonaid Jemmett-Pageは、それがアディス・アベバのような場所に投資できる会社の性質だ、と語る。「もっとも辺境の市場における問題の一つは、そこには一般的にほんの少しの起業家階級しかいないということだ。」と彼女は語る。
 
メレス氏への批判者の中には、にもかかわらず、彼が店を外国人に売るだろうと心配するものもいる。彼らが不平を言うには、その中には、急速に成長する事業になっている輸出のために耕された土地の形で、国それ自身のかけらも含んでいるという。(サウジ=エチオピアシークのモハメド・アル=アムディによって所有された高級ホテルの)シェラトン・アディスで、紹介とブローカー取引をした帰国亡命者が、この概念を物語とともに退けた。19世紀の皇帝は、おそらく歓迎するよりも長く居座った外国人訪問者を見送った。その皇帝は、彼らが出ていくときに彼らの靴の裏を注意深くチェックするよう命じたといわれている。エチオピアの土のひとかけらも彼らと一緒に出てかなかったのだ。
 
 
発行日: 
2012-05-12
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