信頼の死 - 3/11の災害後の日本

 

去年の、地震、津波、そして核メルトダウンの三重災害は、その国の組織の多くに対する日本人の信頼を粉砕した
 
彼女の人生をめちゃくちゃにした日から1年目になる3月11日に、13歳のヨコヤマワカナは、彼女の仲間の村人たちのために、田植えのダンスを踊る。それは幸せな時になりそうだ。めったに会えなくなった古い学校の友達と一緒にいられるからだ。しかし、それは悲しみに染まってもいる。村人はまだいるが、村がもうないのだ。
 
1年前のその身を刺すような寒い日に請戸は津波に全力で襲われた。それは、1,800人の村の住人のうち、ワカナの祖父母の二人を含んだ約180人を殺した。何人かは救われたかもしれないが、福島第一原発の近くの3つの原子炉建屋のうち、最初のものが爆発した時、当局の焦点は生存者を探すことよりもむしろ生きているものを非難させることに移った。ワカナ、その家族、そして多くのほかの人々は避難所へ移るよう命じられた。そこは遠く離れていたが、その発電所の放射能の煙の直接の通り道だった。
 
ワカナは今では福島第一から60キロ西にある郡山に住んでいる。彼女は、古いクラスメートが誰もいない新しい学校に通っており、なかなか消えない放射線のために1日にたった3時間しか外出できない。時が過ぎるにつれて、彼女が太平洋の潮の香りを吸って育ってきた請戸からのほかの人たちと連絡を取るのは難しくなっている。しかし、彼女が、何百年もの歴史を持つ村の踊りについて語る時、彼女の目は輝く。彼女が再び住むことのないかもしれない村の伝統を生かし続けることは、子供にとっては奇妙な責任かもしれないが、彼女には理解できることだ。
 
3/11の災害に対しての日本の反応の話でより啓発的な部分は、知られているように、個人の負った負担であり、再び活気づいた伝統であり、共同体の自己依存だ。それが物語のすべてではない。1.9万人以上を殺し、約32.5万人の家をなくした災害からの復興予算が、途方もない14.3兆円の4年間の特別国家予算として、承認された。町や村を再建するための省庁の金の使い方を調整する政府の復興庁は、災害の11か月後の2月10日までその扉を開かなかった。
 
だから、これらの自宅から追い払われた人々は、自分たちの資源に後戻りさせられている。彼らの反応は、幾分かは、日本の2つの主要広告代理店のうちの一つ博報堂が「オペレーション じぶん」とあだ名をつけたものだ。それは、良く隠れた当局に擁護された集団思考の複雑な形を通して伝統的に運用されてきた国での、自律の採用の増加だ。
 
大部分は自助の精神のおかげで、たくさんの明白な損害は素早く片付けられた。3月11日の直後には、津波に襲われた沿岸部は、ダリの絵のように見え、ビルの残骸がまきちらされ、車はくちゃくちゃになり、船はひっくり返っていた。今では、そこにはきちんとした道や信号がある。しかし、くぼんだ道路は依然として洪水にさらされやすく、そこにはほとんど何の家も店もない。空っぽのまったくの広がりは、衝撃的だ。
 
 
 
オペレーション 私たち
 
大衆は、役所の停滞と人々がお互いのために行った大胆な努力との対象に気づかざるを得なかった。核の避難者にとって、政府の健康検査はバラバラだった。ワカナは全身スキャンをほとんど1年後にたった1回経験しただけだった。しかし、市民団体は、核避難民への甲状腺がんやほかの問題の検査を増やしている。慈善団体は、汚染地域の除染を主導している。原子力資料情報室と呼ばれる反核ネットワークは、主流派メディアの自己検閲のかかった報道を回避して、3月11日以来福島関連の記者会見を生でインターネット上に流している。
 
津波に荒らされた地域では、ヴォランティアがその親たちが何年も前に放棄した故郷に押し寄せた。これは、福島から車で北に3時間のところにある漁港、陸前高田のようなほとんど破壊された場所を活気づけている。そこは、全従業員の約1/3にあたる100人の市役所職員を含む、全人口の約10%にもなる2,200人を波に奪われた。それは、手に入れることのできるすべてのマンパワーを必要としている。しかし、すべての連帯にもかかわらず、共同体それ自身といったようなヴォランティアの多くは、結果に失望している。
 
陸前高田地域の援助機関の職員の一人は、復興は「縦割り」に苦しめられているという。それは、個々の官僚の「ストーヴの煙突」のような考え方だ。例えば、漁業を助けるために、最初の1回分の援助が漁業関連の省庁からトロール船員に渡される。それがなければ獲物が腐ってしまう製氷業者はほかの官庁の下にあり、何も得られない。「災害の後ですらも、省庁を自分たちの利益を犠牲者よりも前に置く。」その職員は語る。非営利組織がなければ、多くの災害犠牲者はギャップに苦しめられるだろう。「地元のNGOはより多くの力を得ている。」その職員は言う。「政府と省庁は作業の多くをしないので、これは自給自足だ。」
 
そしてさらに多くしなければならないことがある。津波は、日本の北東沿岸にまき散らされた、おそらく自治体のごみの20年分にあたる2,250万トンと推計される瓦礫を残した。そのうちの6%だけが最終的に処理された。注意深く分類されたタイヤ、板、そしてほかの残骸の巨大な山が、まるで墓のように海岸に沿って、今ではおとなしくなった海につつまれて、積み上げられている。農地の多くは海水に汚染されており、除塩するのに数年がかかる。陸前高田では、多くのほかの場所のように、学校の運動場を勝手に取り上げた仮設住宅の列以外に、再建はほとんど始まっていない。地面のコンクリート基礎のうすくなった跡は、失われてしまった街の痛烈な思い出のかけらだ。
 
政府への幻滅は、東北だけで感じられているわけではない。それは日本中に広がり、去年よりはるか前にさかのぼる起源をもつ。2009年に、有権者が、ほぼ55年にわたる絶え間ない自民党の支配を終わらせ、続いてそれにとってかわった民主党への愛から脱落した時にも、何か似たようなことが演じられた。しかし、3月11日以来、幻滅はより強くなっている。1月に発表された年次研究で、広報会社のエドルマンは、ずっと起伏がなかった日本人の国家機関に対する信頼が、急落したことを発見した。それは、今ではウラジーミル・プーチンのロシアの少し上にとどまっている。核事故は、政府高官と電力会社に対する信頼に痛手を与えた。メディアに対する信頼もまた、急降下した。自治体すらも、今では中央政府に公然と不信の念を抱いている。福島原発のそばの3つの町長は、2月の放射性土壌の埋却についての大臣との会議をボイコットした。「政府はいつも嘘をつく」一人は語った。
 
首相の野田佳彦に、信頼の崩壊について尋ねると、彼は政府の反応が遅れてきたという認識を認める。彼は、仮設住居と巨大な復興予算を示して、政府が実際には「その袖をまくりあげている」証拠だとする。与野党は力を合わせて被災者を助けるために働いていると彼は語る。
 
被災した東北を訪れると、しかしながら、異なった物語が現れる。東京での政治的口論は、再建努力を少なくとも3か月は遅らせた、と地方役人は語る。しばらくの間、自民党は首相と直接会うことすらも拒絶し、即時の選挙を迫るために事実上救援努力を妨害したのだ。民主党は、時の首相の菅直人を追い出したような内部緊張に満ちている。
 
野田氏は、魅力あるように、どのように再建資金を使うのか決めるのは地元の共同体だと語る。しかし、計画は、40の事前に決められたカテゴリーのうちの一つに落とし込まれなければならない。資金は、次第に分割で分け与えられている。そして復興庁の政策と指針のマニュアルは130ページ以上に及ぶ。時代遅れのルールが残っている。例えば、陸前高田はスーパーマーケットを作ることができない。小さな商店を守るための区画法があるからだ。多くの小さな店は海に飲み込まれたので、それを大事にすることは、とてもではないが差し迫った問題ではない。重要なのは、買い物をするところを作ることだ。多くのルールが復興を妨げている、と悩まされている市長の戸羽太は語る。
 
人々は東京に向けて怒りと不満を感じているが、彼らは依然としてそれに頼っていることを知っている。彼らは、その伸びすぎた地方当局がその仕事に適しているのか疑いを持っており、良きにつけ悪しきにつけ日本国家の特徴だった、中央政府からの賢明な政策決定の支援を欲している。彼らは、自分たちがほとんど注意をひいておらず、彼らが受けているのは二流の役人からで、上層部は尊大で東京を去ることができない、という感情を持っている。
 
主流派政党について言えば、影響を受けた地域のほとんどみんなが、彼らを問題の一部だとみている。今でさえ、野田氏の政治的優先順位は津波とはほとんど関係がない。それは消費税で、彼は財政溶融を防ぐためにそれを上げたいと思っている。再び、議会の大変動の不安材料が現れている。もし野田氏の政府が、野党が求めているように、その問題で総選挙に追い込まれたら、東北地方の進展は、再び停止に砕けるかもしれない。
 
 
 
前回の火
 
これらの批判と同じように鋭く、彼らは核危機が人々の当局に対する信頼に与えた損害に青ざめている。野田氏は、むしろ陽気に、福島で起こったことのために「みんなが責任の痛みを分かち合わなければならない。」と語る。実は、反核団体を除いて、社会の多くは、日本が54の原子炉を世界で最も地震が多く起きる列島に詰め込むことができた「安全神話」を幸福に受け入れた。
 
しかしもし人々が神話を買ったのならば、それは連続する自民党政府、省庁、大企業団体、メディアの大物、そして大学教授がそれを彼らに売ったからだ。ペンシルヴァニアのスリーマイル島での1979年の事故や、1986年のチェルノブイリでのそれは、さらなる原発を日本に作ることについて、きらめく程度の躊躇を与えた。何年にもわたって、安全違反は包み隠され、規制者は別の方法を見た。彼らは、仮想のフリーハンドを、福島第一を運営していた東電のような強力な地域独占体に与えた。
 
その発電所が原子炉を冷やす電力を失った数時間の停電で、包括的な災害管理計画がなかったことが明らかになった。当時の首相菅氏は、即興でやらなければならなかった。それはしばしば規制者や東電の役員に大声を上げることを伴った。民主党と長きにわたってライヴァルの自民党を支持してきた東電の間の不信感は、問題を悪くした。それは、菅氏の、周辺の役人に対する絶望もそうだった。その多くはエリートの東大から来た。より実践的な東工大を出た菅氏は、彼らがあまりにひどいふるまいをするとみて、彼は自分の危機管理に関する私設顧問団を、何人かは大学時代の友人から、任命した。
 
これらの助言者の一人で、災害の数週間後から菅氏に仕えた元核科学者の田坂広志は、事態がさらに悪くならなかったのは、「運」の問題だと語る。最悪のシナリオは、東京の一部も避難しなければならないかもしれないことを示唆していた。3回目のメルトダウンと3回目の水素爆発の後の暗黒の瞬間に、東電はその従業員を引き上げる準備をしていた。70人の勇敢な労働者による生命を危険にさらした努力だけが、事態を瀬戸際から戻したのだった。
 
田坂氏は、学ばれなかった教訓を恐れている。もし明日別の災害が来れば、首相は依然として特別に訓練された専門家を求めたり、例えば避難命令を行うといったそれに対処するための完全な法的権力を持つことができない。規制構造をいかに改革するかの完全な見直しは、一群の調査委員会の結論を待っている。不確実性を考えると、その国の54の原子炉のうち52が今稼動していないのはほとんど不思議ではない。その電力は、古い熱の発電所がフル稼働で代わりに供給している。
 
 
 
沈黙の音
 
おそらく、最も敏感に人々の不安を掻き立てているのは、放射線の情報に関わることだ。これは幾分かは、パニックの原因となることを避けるために秘密にされたことによる。いくらかの場合、それは正当化されるかもしれないが、東京大学のアイソトープ総合センター長の児玉龍彦のような専門家は、公衆の衛星について何の影響もないという偽の保証について何の謝罪もないという。「私を最も怒らせているのは、検閲だ。」彼は語る。
 
危機の初期段階での放射性降下物の広がりについて省庁が持っていた情報は、菅氏のもとには伝わっておらず、より重要なことに、より危険な地域に避難したヨコヤマワカナのような子供たちの家族にも伝えられていなかったことだ。環境団体のグリーンピースは、放射線が子供たちや妊婦に与えるリスクの程度はそれぞれ変わることを何も考えずにその受容可能レヴェルを変えたということで政府を非難する。病院もまた避難し、それは多くの医者や看護婦がその地域を去る原因となり、それ故に子供たちに定期的な放射線チェックを行うことをより難しくした。
 
このすべてによって彼らが感じたかもしれない失望は、多数の反核デモ以外には、日本人はほとんど騒がしい抵抗の表現を避けたということだ。しかし、もし野田氏が消費税について早期の解散を行ったら、有権者は民主党と自民党に対する選択肢を探し回り始めるかもしれない。去年、率直なビジネス寄りの大阪市長、橋下徹は、全国的な注意をひき、選挙に候補者を立てるかもしれない政党を立ち上げた。橋下氏の出世は、津波への直接的な反応ではない。彼の支持のほとんどは西日本だ。しかし、もし彼の党が国政に参入すれば、それは変動を起こしそうだ。彼の如才ないやり方は脱線して浅薄なポピュリズムに向かいうると心配するものもいる。有権者はそれほど気にしないかもしれない。彼は変化を代表しているのだ。
 
疑いの文化は恐ろしい帰結をもたらすかもしれない。日本の巨額の債務はその国民の国債を買うという意思によって支えられている。もし彼らがそうすることをやめたら、ほかのだれがするのだろう?そしてもし信頼の欠如が、納得できる規制改革のために原子力発電所を閉鎖し続けば、すでに強い円で圧迫されている生産会社は、国外流出を加速するかもしれない。選挙か何かで、政治階級はそれが失った信頼を回復することについてより真剣になる必要がある。
 
これについて、それは、大衆が気づいているように、危機をよりうまく乗り越えた日本の事業から学ぶことができるかもしれない。大きな製造業者は、エネルギー使用を均衡させるために操業時間を変えることに同意し、供給網を素早く回復させるために技術者チームを送り出した。政府調査によると、破壊の後に供給元を変えた企業からの長期的な事業喪失はほとんどなかったと示している。
 
最大の自動車会社、トヨタは、電力削減の際に地元共同体を助けるために電線網に送電する、自前の発電所を、東北地方に新たに建設される工場に作る計画を発表することにより、自助の雰囲気を引き出している。それは、原子力発電所の閉鎖のために、エネルギーの安定供給を深く心配している。「我々はそれを自衛と呼ぶ。」上級副社長の佐々木眞一は語る。日本の大手スーパーマーケットチェーンのイオンは、食料が放射線に汚染されていないと保証するものよりも厳しい安全基準を自分で決めた。それは自己チェックを行っている。
 
より大きな自己依存により、新たな活力がやってくるかもしれない。その国のもっとも差し迫った必要の一つは、第二次世界大戦後に起こった起業家精神の復活だ。もし日本が原子力を段階的廃止するのならば、それは豊富な人的・知的・財務的財産を新たな電源に注ぎこみ、一方でその産業を現在支配している独占を解体する必要がある。主流派以外からの政治家を考える意思は、日本の風通しの悪い政治に新鮮な空気をもたらすかもしれない。そして、静かにだが人々が権威に挑戦する準備をしているというどのような兆候も、日本の会社を運営している高齢の男たちの多くに圧力をかけ、若い世代が力を発揮できるようにさせるかもしれない。
 
変化の一つの兆候は、何人かの目立ったビジネスマンが、福島の災害についての自分の調査に資金を出しているということだ。彼らの講演のもとで、新しいシンクタンク、財団法人日本再建イニシアティブは、メディアやビジネス、そして技術者から指導的な人物を集め、何が間違ったのかの証拠を作った。高齢者が影響力を持つところで、その議長の北澤宏一は、若い専門家が高齢者よりも良い情報を請い求めることができたと書き留める。
 
日本の変化は、ふつう、事後的にしか見えない。ある失望した公務員が言うように、その雰囲気は、多くの日本人兵士や市民が、その将軍たちが国を災害に導いているのを認識しながらあえて口に出すことをしなかった第二次世界大戦終結前の雰囲気を思い出させる。地震、津波、そして核事故は日本にとってその恐ろしい日々以来の最大の衝撃だ。しかし、もし人々が声を見つければ、そこには依然として復活の望があるかもしれない。
 
 
発行日: 
2012-03-10
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