試験時間 - 日本の詰め込み学校

 

議論を呼ぶ組織は幾つかの驚くべき利点を持っている
 
子供たちの叫び声が夜をつんざく。先生が周期表の記号を示すに従い、「リチウム、マグネシウム」と元素を読み上げるのだ。次は、2ダースの旗が、10歳児がそれに対応する国名を叫ぶたびに揺らめく。その後で、彼らは覚えると誓った20の星座を確認する。机の上のタイマーは年長の子供たちがテストを大急ぎでやろうとするのをけしかける。塾、もしくは東京の端の詰め込み屋の青藍学院の光景は、毎晩日本中の5万の塾で繰り返されている。
 
日本の戦後の高成長の野蛮な一面とみられるが、詰め込み屋はかつてないほど強力だ。小学1年生の5人に一人が学校後の教育に出席しており、大学に束縛された高校生はほとんどすべて出席するようになる。料金は年間ほぼ26万円だ。学校や大学の試験の点数は、塾への支出と直接的に比例して上がり、平等主義の国とみなしているその国でしばしば懸念事項になる。学校はまた創意を機械的に学ぶ伝統を補強するものとみなされている。
 
しかし、その低賃金のイメージは時代遅れだ。日本の人口が減るに従い、学校の中には草の根政策の革新のもとになっているものもあると、たまたまブリティッシュコロンビア大学にいる珍しい塾の専門家のジュリアン・ディアークスはいう。多くの塾運営者は1960年代の左翼活動家で、のちに事業や学界から締め出された。
 
受講学生の割合は四半世紀前よりも高い。2008年の政府調査によると、2/3の親は塾の役割の増加を公的教育のせいにする。彼らのサーヴィスはより個人的で、公的制度がみんなを同じように扱うときに、多くが個人の知的好奇心を奨励する。「塾は学校がやっていないやり方を引き継いでいる。」とあるOECDの報告は述べる。東京では、学生が言うには、それらが束縛の15分、きょうだい、テレビ、そしてインターネットから助けてくれるという。
 
奇妙なことに、日本の教育官庁は塾を単なるサーヴィス業と退け、それを認めることを拒絶している。強力な教員組合は平等を侵食するという立場からそれに抵抗している。一方で塾の概念は輸出されている。日本の運営者は中国やほかのアジアに拡大している。そこでも、彼らは壊れた国の制度への反応を証明するかもしれない。
 
 
 
所感
 
なんか微妙にずれた分析なような気もしますが、塾がアジアに拡大しているというのは驚きでした。
 
発行日: 
2011-12-31
雑誌名: 
記事区分: 
主地域: 
主カテゴリー: 
キーワード: 
関連国名: 
0
まだ投票はありません

コメント

コメントを追加