3重の恐怖 - 日本の津波

書評 波に直面して:津波を追っての旅 グレーテル・エーリッヒ著

Facing the Wave : A Journey in the Wake of the Tsunami  BY Gretel Ehrlich

2年前、日本は破壊的な津波の引き金を引いた強い地震に襲われた。今、人間と環境の被害の冷静な計算がやってくる。アメリカ人作家のグレーテル・エーリッヒは、地震の3か月後に本州の東北沿岸に飛んだ。日本の詩と仏教哲学の学生だった彼女は、「その波に直面し生き残った人々に会う」ことに惹きつけられた。彼女の本の読者は、鋭い目を通して破壊を目撃できる。

この沿岸の広がりは、17世紀の詩人芭蕉により、日本で最も美しい場所として描かれた。2011年6月に、それは、「どんな目、どんな絵画でも本当にとらえることのできない、混沌の平原、恐るべきコラージュ」だった。1,300キロの損なわれた沿岸をうろつき、エーリッヒ女史は生存者を探し回り、彼らの話を取り次いだ。被害を受けた福島第一原発から吐き出される放射線の報告、人間の苦しみと回復力の反射、そしてひどい事実の長い説明が散在する。日本で28,700人以上が無くなった。さらに数千人が行方不明だ。津波は38メートルまで上がり、町全体を消し去った。原子炉溶融は「記録に残る歴史で最悪の海洋汚染災害」を引き起こした。放出されたエネルギーは広島に落とされた爆弾の6億倍だった。

「三つの不幸:地震、津波、溶融」がその災害を要約する。エーリッヒ女史は包括的な説明ではなく、何組かの物語を提供する。津波は、漁師が競って海に出るときにその携帯電話から見たものをアップロードして更新されたブログを通して起こったように再び語られた。数か月後、死骸が依然として上がる。一人の母親が産業用掘削機を借り、その子供を探して川を絶えず探す。「海底はがれきでおおわれている。」年老いた漁師は語る。「ヒラメのための底引きすれば、死んだ友人を引き上げるかもしれない。」

最もひどい報告の一つは、狭い洪水平野の間違ったところに建てられた松島湾の大川小学校に関わるものだ。混乱した教師たちは「間違った選択をし」、近くの丘に登る代わりに避難ルールに従った。74人の子供と、11人の教師のうち一人を除いた全員が亡くなった(そして丘に登ることを選んだその一人はのちに自殺を図った)。

教師の決定につながった整合性は、その民族の特徴の暗い部分だと何人かの若者がエーリッヒ女史に語った。彼らはあけっぴろげに原子力の運営者の否定に怒る。「我々は自分たちの生活方法に直面する必要がある。」一人の若いヴォランティアは主張する。「いかにそれが我々を分けているか、いかにそれが世界(の統一)を破壊しているか。」

生存者の回復力は印象的だ。日本の文化は命のはかなさの古代からの理解に満たされている、と彼女は書く。日々の余震と同じ年の後半にその沿岸を再び打ちひしいだ台風は、1分ですべてが変わりうるという冷徹な事実を絶え間なく思い出させるものになっている。

「釜石の最後の芸者」で84歳の伊藤さんの話は明るい注記を提供する。酒屋によって波からすくわれ、彼女は浜歌という釜石湾の漁師の古い歌を知っている、生きている最後の一人だ。エーリッヒ女史の悲惨な旅の最後に、読者は彼女がそれをより若い芸者に教えていることを知る。彼女は間もなく亡くなるが、その歌は生き延びなければならない、と彼女は主張する。
 

発行日: 
2013-03-09
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