ジョニーは出ていかない - スコッチとEU

なぜスコッチウイスキーメーカーは欧州連合にとどまりたいと思うのか

その粋な男は、1908年にのちに世界で最も人気のあるスコッチウイスキーになったジョニー・ウォーカーの瓶を最初に美しく飾って以来、大股で歩き続けている。大英帝国の交易路に沿ってその名をとどろかせたジョニー・ウォーカーは、英国が世界の舞台での富を求めて、悩んでいるEUから自由になり豊かになるだろうという、ユーロ懐疑主義者の主張を支持すると期待されるかもしれない。結局、新たなスコッチ愛飲家を見つける最善の望みは、新たに豊かになるインドや中国にあるのだ。

しかし、ウイスキーメーカーと話し、印象的なことは、彼らが現在と未来にわたってEUとその単一市場を極めて重要だとみていることだ。EUは、その足かせになるどころではなく、今、その産業が世界市場を征服するための重要な剣と楯になっている。

なぜ?EUの単一市場から話を始めよう。それは世界最大の経済ブロックであり、その中ではほとんどのものが妨害なしでどこでも売ることができる。その悩みにもかかわらず、EUはスコッチ全体の売上の約40%を占めている。市場情報会社の国際ワイン・スピリッツ調査は、フランスが最大の市場で、アメリカのほぼ倍の大きさだという。そのすべての困難にもかかわらず(あるいはたぶんそのために)、スペイン市場は中国よりも大きい。

新しい国がEUに参加し、その貿易障壁を取り除くにつれて、スコッチの売上は跳ね上がる傾向にある。これは、スペインのフランコ権威主義体制の後に、ウイスキーを飲むことが豊かさと解放の象徴になった時、起こった。ギリシャでは、なるべくならジョニー・ウォーカーの「ウィスカキ」は、真のヨーロッパ人になった印として、好まれた中産階級の飲み物になった。ギリシャでの売上は、景気後退と物品税増税のために、最近落ちている。しかしそれは、2004年にEUに参加し、強い経済成長を楽しんでいるポーランドで好況に沸いている。

ウイスキーの好みは国によってさまざまだ。ブランドとしてのジョニー・ウォーカーにとって、ヨーロッパは相対的に小さな市場になっている。しかし、そのレーベルを持っている英国の多国籍企業ディアジオにとっては、ヨーロッパは依然として総売上の30%近くを占めている。そしてまさにディアジオが世界的企業なので、貿易交渉でのEUの重みは重要だ。ディアジオの社長ポール・ウォルシュは、ディアジオの売る何百もの飲料の多くは、EUの貿易交渉能力に、世界でのその地位を負っている。

最大の賞品はインドで、それ以外の世界をまとめたものとほぼ同じだけのウイスキーを消費する。しかし、スコッチの代わりに、インド人は、モラッセからできたマクドウェルスやバグパイパーといったスコットランド風の名前を冠した地元の変種を飲む。スコッチ純正主義者はこれらがウイスキーではなくラムだという。しかし、インドは輸入ウイスキーに150%の関税を課し、真のスコッチを金持以外の人々の手の届かないところにおいている。ウイスキーメーカーは、EUがインドと交渉中の自由貿易協定で、大きな関税削減を勝ち取ることを期待している。

スコッチの生産者はあちこちでの保護主義について嘆くが、「地理的表示」によって狭められたスコッチウイスキーを守るEUのルールから利益を得ている。それは、全部穀物かどうかによらずモルトにされたシリアルを発酵させてすりつぶしたものからスコットランドで蒸留され、3年かそれ以上木の樽で成熟されなければならない。それは甘くされたり風味をつけられたりしてはならない。そのようなルールは、スコッチの特徴を、例えばアメリカやカナダの競合品に対して保全する。それらはまた、その産業が素晴らしいワインのようなウイスキーの鑑識眼を作り出すことができるようにする。

彼らの競争力を邪魔する、EUが官僚主義で会社を縛っているとの主張はどうだろう。ウイスキーメーカーはいくらかいらいらさせるものがあると認める。しかし、彼らは瓶のサイズからラベルまですべてのものへの国家的なルールよりも共通EUルールを好む。調和した規制は、費用を削減し、地球規模の様式を決めることができる。EUルールの上にラべリングルールを加える最悪の国は英国だ、とスコッチ・ウイスキー協会のニック・ソーパーは語る。しめて、英国のEU加盟は、外部からは獲得できなかっただろう利益を生み出している、とウイスキーメーカーは語る。

スコッチの上昇は、抜け目のないマーケティング、革新、そして政治的幸運の物語だ。一つのブームは虱の横行による1860年代のヨーロッパのワインの破壊で、ウイスキーがイングランドのお気に入りのアルコール飲料としてブランデーを補完できるようになった。交易船は、大英帝国の端々までウイスキーをもたらした。しかし、19世紀にはアイルランドのモルトがより高い地位を占めていた。20世紀に入って初めてスコッチがそれらにとってかわり始めた。一つの理由は、スコットランド人のブレンダーの興隆だ。その中には、連続蒸留技術を使って、他の穀物からとれた大量生産のスピリッツとモルトを混ぜた、キルマーノックからの雑貨商だった、もともとのジョン・ウォーカーの子孫もいた。これにより、一致した品質の、より軽い、よりお手頃なウイスキーのマーケティングができるようになった。1909年に英国審議会はそのブレンドをウイスキーと呼ぶことができると裁定した。
 

分離の費用

スコッチの成功のさらなる理由は、今日、いくらかの響きを持つ。アイルランドの独立闘争と内戦の混乱はそこの蒸留業者(その多くは統一派と見られた)を乱した。彼らはまた、禁酒法時代のアメリカ市場の喪失に別の大打撃を受けた。それはスコッチの生産者にはそれほど強く当たらなかった。そして1922年の独立後、特に1930年代に、アイルランド産業は英国市場から次第に排除された。

今、政治的不確実性に直面しているのはスコットランドの蒸留業者だ。スコットランドは、2014年に連合王国の参加についての住民投票を行う。そして、英国のデヴィッド・キャメロンは、2017年にEU参加についての投票を行うことを提案している。スコットランド周辺の樫の樽の中で寝かされている1-1.1千億ポンド相当の何十億リットルものウイスキーが危険にさらされうる。この液体の黄金の地位はどうなるだろう?

それについてあまりにあからさまになることなく、スコッチウイスキーメーカーの強い好みは、二重の連合を保つことだ。UKの中のスコットランド、EUの中の英国だ。しかし、絶対的な優先順位はEUの単一市場の中に残ることだ。ジョニー・ウォーカーは世界中を歩き続けるかもしれない。しかし、彼は一人で歩きたくはない。

Charlemagne欄より
 

発行日: 
2013-02-23
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