戦争と平和 - コンゴでの生活

「ラジオ・コンゴ:アフリカで最もひどい戦争からの望みの信号」の書評
 
クルツ氏に言及しないコンゴ民主共和国へのガイドを見つけるのは難しいだろう。ジョセフ・コナードの「闇の奥」の中心にあるその虚構的な人物は、マイケラ・ロングの「クルツ氏の足跡の中で」のようにもっともよいものと同様、サブサハラアフリカ最大の国について書かれたもっとも悪いものの中にもしばしば現れている。そして、ロンドンで植民地時代の地図をあさって「ラジオ・コンゴ」でデビューを飾ったベン・ローレンス氏が、違った道を行くことを選んだことは救いだ。
 
東コンゴのほとんど訪問者のいない内陸で、ベルギーの鉱業会社によって作られた1950年代のモデルタウンのマノノを見つけるという彼の使命は、目的地よりも迂回路として描かれる。彼は、間違って、訴追されたツチ少数派のバンヤミュレンゲにその山の家に会いに行く。カトリックのミッションの聖職者とともに酔っぱらう。人気のあるボリンゴ音楽で踊る。そして、コンゴの悪名高い紛争鉱山でしたのと同じように、北キヴでのチーズ生産に注意を払うために止まる。
 
ローレンス氏の仲間たちは、しばしば地元の放送局のリポーターで、その中の一人は彼にもったいぶって教えた。「ラジオはこの国をまとめている蜘蛛の巣なんだ。」何年にもわたる血なまぐさい戦争の後で、共同体は、「森の海の中の小島」だ。これらの町は、数日歩けば着く距離の村で起こっていることよりも、外国の首都で起こっていることについてよりよく知っている。道路や信頼できる情報の欠如のなかで、無鉄砲なものだけがはるか陸上を旅するのだ。
 
冒険的な旅の後でマノノについた時、コンゴ旅行が触発する普通の誇張法なしで、ローレンス氏は、その獲物になる前の自然に対してかつて勝利した街の遺跡を発見する。その計画されたユートピアは、今では「恐ろしい自然災害や経済崩壊の後で世界がどのように見えるか」に似ている。その産業的な過去は、水力発電所の破壊の洪水の中に見ることができる。その店とカフェはコーラの瓶以外は空っぽだ。数人のレバノン人スズ取引業者以外の人々は、自然からようやく食料を得る生活に戻っている。
 
その旅自身は、しばしば望みのある生活をしている普通のコンゴ人と著者がすごしたときほど重要ではない。その結果は、「アフリカの世界戦争」として知られるようになるものの包括的な歴史ではないが、時にほかの説明からは欠け落ちている一連の親密なそして楽しい肖像だ。その国で最もよく使われる言葉の一つスワヒリ語を話す著者は、「どのようにしてコンゴの人々が生きたのか、ということよりもどのように彼らが死んでいるのかについてより知ること」から移るという彼自身の目標を、他の人が達成するのを助けている。
 
 
発行日: 
2012-07-14
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