暗がりから出る - インドの田舎に光を当てる

村人たちは暗くなった後に日光を楽しむ

その国で一番人口稠密な州、北インドのウッタル・プラデーシュに夜間飛行すると、その町はきらめく島のようだ。しかしながら、その間には、真っ黒な海が横たわっている。たぶん、ウッタル・プラデーシュの2億の人々の2/3は、定期的な電気を持っていない。インド全体で、7億、またはその人口の半分以上が、全国の電気網への信頼できない接続に悩んでいるか、まったく接続できないかだ。

紙上では、その国の北と南の電気網をつなぐ計画が存在する。それは役立つだろうが、長い間接続されていないインドの田舎が正しく接続されるだろうと期待するものは誰もいない。一方、村人たちは、肺に害をなし、学校の宿題にはほとんど役に立たないおぼろげな光しか出さないパラフィンランプで負けずに頑張っている。暗闇は危険を生むので、女性たちは日が沈むと家にとどまる。市場や家が早く閉まるので、電気の欠如は事業を制限する。銀行は村に到達するよう命令されているが、彼らは電気が必要だ。そして、ほとんどのインド人は携帯電話を持っているけれども、多くがそれらを充電するのに苦労している。インドの40万の携帯電話の電波塔は、少なくとも幾分かは、うるさく、汚く、費用がかかるディーゼル発電機によって電気供給されている。電気は、携帯電話会社の営業費用の2/5を占めうる。

公式の数字は、村の90%が電化されていると自慢するが、それはほとんど意味がない。もし、村のたった1/10でも電線につながっており、少しの低カーストや少数民族の家族がつながっていれば、役人はそれを完全に電化されたと数える。どれだけの電気が実際に電線を流れているかは、まったく別の問題だ。

電力不足は、田舎の所得が上がり、供給が求められるにつれて、より深刻になっている。補助金が削減されたので、ディーゼル価格は去年の9月以来1/5上がっており、発電機を動かす費用を押し上げている。さらに、その政府は、携帯電話会社に、2015年までにその田舎の塔の半分と都市の1/5を環境エネルギーに変えるよう言っている。15万程度が新しい電気供給を必要とするだろう。

国が電気を供給する能力がないので、良いニュースは援助寄贈者、「社会起業家」、NGO、そして投資家が、田舎の電線以外の電気を促進するのに急いでいることだ。デリーのコンサルタント会社CEEWのアルナブハ・ゴーシュは、ほとんどが比較的新参者の250の会社を、その分野に数える。少数の会社が、水力を使ったり、米のもみ殻や牛の糞からのメタンを燃やしたりする、小規模発電所を試している。しかしながら、大多数は、しばしば中国で作られた、ますます安くなる装置を使った、太陽光エネルギーにかけている。

ひとつのやり方は、村の屋根にパネルをくっつけ、近くの数十の家に線を張り、それぞれに1日7時間の光と電話の充電が使えるようにすることだ。ウッタル・プラデーシュの会社、メラ・ガオ電力のブライアン・シャードは、貧しい家庭ですらも、パラフィンから支出を切り替えることによって、これを支払うことができるという。その企業は、今のところ、9,000程度の家に線をつないでいる。シャード氏は、彼が「子供たちが宿題をするために暗い家から出て明るいところに来て勉強しているのを見る」、と言う。彼はまた、LEDライトの下で遅くまで働くことができるようになったおかげで、毎朝市場で売るサモサの夜の間の生産を3倍にしている女性の話をする。

他のものは、より大きな規模で働いている。オムニグリッド・マイクロパワー・カンパニー(OMC)は、電話等に電気を供給し、ビジネスと同様に約3,000の近くの家計に電気を売る太陽光発電所を建設している。それは、さらに4,000のそのような発電所を、今後3年間で、主にウッタル・プラデーシュに建設することを計画している。それらは何百万もの家庭に光を照らす。それは、充電されたランタン、扇風機、そして電池箱を貸し出すことから始め、あとから家庭や事業に電線を敷設する。

その影響は著しい。太陽光パネルを備えたあるウッタル・プラデーシュの村では、ある店主は、ひとたび店を遅くまで開けば彼の所得は上昇し、一方彼の妻やほかの女性たちは夕方に腕輪を作るのに熱中している、と主張する。泥の家に住む仕立て屋は、より長い裁縫時間が、彼の月収を半分近く上げ、7,000ルピー(120ドル)にしたという。

去年、マンゴの森の端にある近くのアトラウリ村で、OMCは二つの電話塔に電力を供給する太陽光発電所を開いた。現地の事業家プラディープ・シンがそのガソリンスタンドに電気を得ると、彼はそれを24時間営業にした。次に、彼は1ダースのランタンを自分のバーのために借りた。売上は上がり、費用は下がった。

きちんとアイロンをかけられたシャツと白いトレーナーを着たシン氏にとって、空が今は上限だ。7月1日に、彼は55人の学部生のために大学を開き、その工場の裏の畑に建設した。シン氏は、彼が競争に勝ると主張する。電気は光だけを意味するわけではない。「私は学生に扇風機を提供する。」彼は語る。「ほかのどの大学もそうしないだろう。」165人程度の学生が入学している。いま、シン氏は、自転車修理店、レストランや映画館と言った20の小さな事業のための地方のモールを計画している。あるスイスの会社は、水の純化工場をよく考えている。州立銀行が参入している。OMCは、農民のために太陽光で動く灌漑と、村人にテレビ用の安いタブレットコンピューターを貸し出す枠組みを開発したいと望んでいる。村の指導者たちは、電気とそれがもたらす経済成長が、50キロ離れた州都のラクナウに若者が急ぐのを遅らせるのに役立つだろうと望んでいる。

いずれにしても、政府の関心の欠如がその好況に燃料をくべている。地方の安い土地とほとんどない規制で、OMCはほとんど費用をかけずに何十年も運営できる太陽光発電所をたった16.5万ドルで立ち上げることができる。インドでの電線によって供給される電力とは違って、賄賂や何らかの種類の選挙利得のために、電線外の電気を邪魔したりそらしたりする者は誰もいない。

そのような枠組みは、産業やほかの電気の大口利用者にほとんど役立たない。そして、太陽光発電は電線ほど安いわけでもない。そのすべてにもかかわらず、インドの村への電燈の急速な到着は、長く遅れている。多数が暗闇に取り残された2012年7月のように全国電気網がその次の巨大な怒りに苦しむときに、村でわずかな光を探せ。
 

発行日: 
2013-07-20
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