リン・ルシ

 

コンゴの治療家リン・ルシが3月17日62歳で亡くなった
 
「暗さ」はリン・ルシがそうであった言葉だ。ジョセフ・コンラッドの「闇の奥」の中で、西側の記者は、コンゴ民主共和国のゴマにある彼女の病院に来た時、本能的にそれを追及した。ゴマ自体、黒く灰色な場所で、緑の若芽が成長するのに苦労する、割れたガラスのように固い火山性玄武岩の上に建てられた町だ。彼女は知っており、その中で園芸をした。しかし、本当の闇の奥は、ルシ女史が静かに言うだろうことには、男の心だ。
 
その証拠は、彼女のすべてについて広がっている。コンゴは豊かな国だが、その鉱物資源は地元の独裁者によって武器に変えられたり、人々を貧困に置き去りにしたままの会社によって剥奪されたりした。それは、何百万人もが亡くなった何年にもわたる戦争の後で、表面上は平和だ。しかし、民兵の残党は依然として森に出没し、村を苦しめている。とても多くの悪、とても多くの自分勝手さ。
 
この巨大な、損害を受けた、無視された場所で、コンゴ人で彼女のように熱烈なバプテスト派である彼女の夫のジョーは、800万人の人々にとってたった一人の整形外科医だった。彼だけが砕かれた腕や曲った足を治す技術を持っていた。計画に沸き立って、抑制できずに、彼はしばしば海をくみ取る小さなバケツのイメージを使った。彼女はイザヤ書の61:1の言葉、「神は私を…、悲嘆をくれた人たちをくるむために送った。」を好んだ。
 
ゴマの彼らの病院は、若いコンゴ人の医者を訓練するために2000年に立ち上げられた。2年後、その建物は、火山によって破壊された。彼らは、壊れた金属の門の後ろに、低い明るく色を塗った建物を再建し、それをヒール・アフリカと呼んだ。2011年までに、しばしばアメリカの医学校からの学生の助けを得て、そこで30人の医者を育てた。しかし、その病院は何か違った形でもっとも有名になった。たくさんの患者が性器裂傷を負った女性たちだった。出産によるものもいたが、驚くほどの数が民兵の男たちによるレイプのためだった。
 
これもまた闇に隠れていた。ルシ女史は、泣きじゃくる若い女性が彼女の事務所に来た2002年までは、それに気づいていなかった。彼女はそれから、恐ろしい性的暴力は、ゴマの周りのあちこちの村で起こっていることを認識した。畑で働いている女性や市場から帰ってくる5歳程度の少女たちが、誘拐され、繰り返しレイプされた。時に銃が火を噴いた。その残酷に扱われた犠牲者たちは、いったん家に帰れば、しばしば家族に勘当された。
 
ほぼ10年以上、ヒール・アフリカは4,800件以上のそのような事例を治療した。女性たちはバスで到着し、何時間にもわたる旅行で心的外傷を負い、傷口から漏れ出た大小便で悪臭を放っていた。病院では、ルシ女史によって勧誘された精力的な地元の「ママたち」が彼女たちを歓迎し、抱きしめた。「行動による愛」と彼女はそれを呼び、彼女はまたそこのだれにとっても「ママ・リン」だった。
 
彼女は医者ではなかった。教会学校で教えるために1971年に彼女をコンゴに連れてきたフランス語の学位を取った後で、彼女が受けたたった一つの訓練は管理だった。書類仕事を行うことは、19年間彼女とジョーが働いたニャンクンデの教会病院と、彼女が自分自身に「プログラム・マネジャー」と興奮しない職名を与えたヒール・アフリカの両方で彼女の仕事だった。それは、彼女を書類の山に埋もれさせ、失望させた。しかし、辛抱強くジョーの仕事の後片付けをする裏方の役割は、また彼女にあっていた。彼女は多くのそしてどちらも豪華なジョージ・クルーニーやヒラリー・クリントンが彼女を訪問するようになっても、賞賛を望まなかった。うんざりした時期に、彼女は外部の目立った回復した女性たちをおしゃべりすることによって復活した。もし彼女が行き詰まりを感じたら、彼女は、強い手を持った神が彼女を引っ張り、彼女の足をしっかりとした場所につけてくれると思いだすだけでよかった。彼女自身も、民兵たちがキガリの道で夜中に彼女の車を止めた時、レイプされそうになった。彼はその時彼女を救ってくれ、そしてまたそうしてくれるだろう。
 
事実は、彼が彼女をそこにいるよう意図しているということだ。ジョーのように、彼女は治療(HEAL)を意味していた。「それって美しい言葉じゃない?」彼女は言うだろう。その文字は、健康(Health)、教育(Education)、行動(Action)、愛(Love)を表した。治療は、肉体だけではなく、全人間を意味した。心、精神、そして潜在力、神が望むようそれを動くように戻すのだ。そして人だけではなく、全共同体を意味する。村人たちに傷を包み、お互いを助け、自分たち自身を定めるよう教えるのだ。彼女の患者が病院にいる間、彼女は、彼らが治療されるのと同様に技術と自信を持って帰ることができるように、読み書きやミシンの使い方を教わっているのを見た。
 
 
 
一つの小さな点
 
信頼を積み上げることも、時間がかかった。イングランドの穏やかな南東部のラムズゲートからの少女は、最初に人がたくさんおり、不潔で、蒸し暑いキンシャサに最初についたときに、恐れた。彼女のフランス語は、間違った種類で、彼女の生徒達には理解できず、彼女は成長もとどまることもできそうになかった。しかし彼女は、ほとんどが彼女の二人の子供たちを戦争の最悪の時から守るために短期間海外に行ったこと以外は、コンゴを離れることがなかった。彼女の心に決めた使命は、世界にこの場所について教えることだった。
 
ほかのことでも、彼女は闇をものともしなかった。ゴマの固く黒い玄武岩の中で、彼女はスウィートピーや花をうまく育てた。彼女は朝のお祈りをしながらその中を歩くのが好きだった。彼女がしたことは、彼女は時に表したが、とても小さかった。それは、ろうそくに小さな炎をともすほどのこともなかったように見えた。しかし、彼女は、最後にはそれらがすべて一つになって大きな光の炎を作るという信念を持っていた。
 
 
発行日: 
2012-03-31
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