ミルダかエウロパか?

なぜいくつかの国は依然としてユーロに参加したいと思っているのか?

ラトヴィア人たちは愛情をこめて彼女をミルダと呼ぶ。その民俗的頭飾りと編んだ頭髪で、彼女は戦間期の最初のラトヴィア共和国の銅貨に現れた。彼女は、ソ連の下で失われた国の象徴になった。亡命者の間でミルダは人気のある贈り物だった。第二次世界大戦中にドイツに住んでいたグンデガ・ミチェレは、5歳の誕生日にブローチにはめられた5ラット通貨を与えられた。1991年のラトヴィアの再興で、ミルダはラトヴィアの紙幣の透かしとして(そして500ラット紙幣に)戻ってきた。今、その政府はその愛されたラットを、来年1月にユーロに変えたいと思っている。(その乙女は1ユーロと2ユーロのコインにだけ現れるだろう。)

多くのラトヴィア人のように、ミチェレ女史はその考えを承認しない。彼女は経済についてほとんど知らないことを認める。しかし、ナチスとソヴィエトの下でのラトヴィアの苦悩を記録するリガの占領博物館の理事として、彼女は象徴の力を理解する。寄付箱の中をじっと見て、彼女はラトヴィアの紙幣が「やわらかくて暖かい色」を持っているという。ユーロ紙幣の特徴のない建築の意匠は「何の感情的なつながりもない。」

予想されるように、もしヨーロッパの組織がラトヴィアの努力を認めるのならば、国民投票はないだろう。ミチェレ女史はすでに過ぎゆく時代の形見としてレジからラトヴィア紙幣の新札を集めている。その博物館ガイドの一人は、しかしながら、ユーロがロシア支配を脱し西ヨーロッパによってよりきつく抱きしめられることを意味すると考える。彼女のすべての求めにもかかわらず、エウロペは愛らしいミランダよりも良い保護を提供するかもしれない。

首相のヴァルディス・ドムブロフスキスにとって、ユーロは危機の時代を通して道しるべだった。ラトヴィアの困難はギリシャのものに先立ち、同じように苦しみだった。しかし、ギリシャの指導者とは違って、ドムブロフスキスは、切り下げを提唱したIMFの助言に反してさえ、(ユーロに連動したラットという)固定通貨の中でドイツ型の緊縮と改革を心から受け入れた。深い不調の後で、ラトヴィアは欧州連合の中で最も早く成長する経済だ。バルトの隣国エストニアとリトアニアと一緒に、ラトヴィアは成功した「内部切り下げ」の成功した数少ない例の一つだ。

ユーロ圏の18か国目になることは、信認の二重の投票だろう。ラトヴィアの政策への承認の印と、ユーロ自身の信頼のしるしだ。そのすべての困難にもかかわらず、どの国も単一通貨を離脱しておらず、依然として参加したがるものもいる。北では、エストニアが2011年にユーロを採用した。南では、リトアニアが2015年にそうしたいと思っている。ラトヴィアだけが公式のIMFの救済を必要としたので、最も注意を惹いた。批判者は、ラトヴィアが切り下げるべきだと論ずるのをやめた。代わりに、彼らは、ラトヴィアはユーロ圏のモデルにはなりえないという。産出は危機前の水準に回復しておらず、生活水準は下がっており、幾分かは移民によって隠されて失業率は高いままだ。小さな交易経済として、バルト諸国は、賃金を抑え、輸出を増やすことによってより簡単に立ち直ることができる。イタリアのような大きな国にとって、輸出はどうあってもより低い国内需要を埋め合わせることはできない。

ドムブロフスキス氏は、切り下げは選択肢になかったと語る。通貨の固定は改革への関与のしるしだった。切り下げは、ユーロで借り入れをしていた会社や家計を破産させる危険があった。市場はラトヴィアに貸すのをやめていたので、緊縮は避けられなかった。赤字を厳しく速く削減する方が、痛みを長引かせるよりましだ。いずれにしてもドムブロフスキス氏は赤字について多く考えない。(より早く均衡予算ルールに変えた)エストニアの10%の隣で、ラトヴィアの債務はGDPの40%だ。しかし、ラトヴィア人は追加借り入れのために示すものがほとんどない。エストニア人の方が豊かなのだ。

今、ラトヴィアは、ユーロの利益なしにその不利益を持っている。参加すれば、それは会議に出席でき、借り入れ費用が低くなり、より多くの外国投資を惹きつけるだろう。そして、柔らかく言えば、危機が再来した時にラトヴィアはECBの流動性救済基金に接続できるだろう。もしユーロが解体したらどうなるのか?少なくともラトヴィアはドイツのような強い経済と一緒だろう。

ドムブロフスキス氏はもっともカリスマ性のある政治家ではない。しかし、彼の穏健なやり方はある程度の安定をもたらしている。有権者は、彼が自分が豊かになろうとしているとか、財閥の手中にあるとかいうことを信じていない。まだたった41歳の彼は、すでにラトヴィアで最も長く務める首相だ。しかし、彼はユーロへの道のりで二つの落とし穴に直面している。一つは大衆の疑念だ。世論調査は、ほとんどのラトヴィア人がラットを保ちたいと思っていることを示唆する。しかし、その首相は、2004年にEUに参加する国民投票に投票した時、ラトヴィア人はすでに単一通貨に同意したという。さらに、彼はユーロに参加する政策で2度再選されている。

二つ目の問題は、ヨーロッパ人のロシア資金への疑いだ。ラトヴィアの大きなロシア語を話す少数民族と、ロシア(とほかの危なっかしいソヴィエト後の共和国)からの輸出の交通のハブとしてのその国の位置は、長くその隣国を心配させている。しかし、キプロスの二つの大銀行の崩壊で、注意は大きなロシアの預金を持っているラトヴィアの銀行に向いている。それは比較できないとその政府は主張する。キプロスの大きな銀行とは違って、ラトヴィアのものは平均よりも明らかに小さい。
 

ヴァルディスのV

依然としてラトヴィアは注意深く行動しなければならない。厳しいドイツの支援は重要だが、フランスや南欧諸国の黙認もまた必要だ。ラトヴィアは、エストニア人のように、より貧しい東国がより豊かな南国を救済することについて不平を言わない。

実に、東国人は今とても良いヨーロッパ人なので、EU機関の指導者を供給するのは彼らの番だというものもいる。エストニアのトーマス・イルヴェス大統領は、2014年に次の一団が選ばれるとき、彼らはユーロ圏の財政ルールに違反している国々から迎えられるべきではない、と論ずる。(同じように、NATOはGDPの2%以下しか国防に支出しない国によって運営されるべきではない。)そのような考えがより人気を博せば、適格な候補者の範囲は小さくなる。多くは東国人になるだろう。すでに無口なドムブロフスキス氏をブリュッセルでの大きな職に予想するものもいる。

Charlemagne欄より
 

発行日: 
2013-06-01
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