マーリーズ・レヴューについての感想

今週の日経ヴェリタスの調査レポートからという記事で、英国人経済学者のマーリーズ氏らがまとめた税制改革指針が出ていた。参照元のみずほ総研レポートはこちら。とても興味深いレポートなので、いくつかコメントしたい。

全体としては、とても整合的なレポートで、一つの見方としては説得的だった。税制全体の効果、経済主体の行動に対する中立性、そして累進性という原則は、議論の組み立て方の中で若干の見解の相違はあるとはいえ、基本的に同意できる。その中で根本的な見方が異なっている部分があるのでそこを述べたい。

まずは、法人減税と個人増税が国民の実質賃金を高くするとの指摘。開放経済下での法人の国際的流動性の高さを論拠にして法人減税を通じて企業誘致をした方が実質賃金は相対的に高くなるとのこと。理屈としてはそのとおりだろう。しかしながら、問題は”相対的に”という部分。結局のところ、これは法人減税を通じて資本コストのダンピング競争をすることによって、低い法人税でその地域の相対的高賃金を実現するということ。しかしながら、世界レヴェルで見て絶対的な賃金水準は恐らく低くなる。マルクス的な見方をすれば、労働から資本への分配率の変化なのだろう。別に私は共産主義を信じているわけではないので、労働分配率を高めることが絶対的な正義だと思っているわけではない。ただ、制度設計として、法人が自然人よりも優遇されるというシュールな世界が耐えられないだけである。そこで問題になるのは、一体法人とは何なのか、ということである。人なのか物なのか。人だと定義するのならば、最低限所得税と同じ仕組みで累進課税を行うべきだし、物なのだとしたら法人が意思決定を行うという仕組みは持たせるべきではない、つまり法人が他の法人の株主にはなるべきではないと思うのである。社会の合意としてそのどちらをめざすのか、ということは議論すべきだと思うし、もしよいとこ取りをしたいというのならば、その強くなりすぎた法人に対して自然人がどのような優越的地位を占めることができるように制度設計できるかということを考えるべきだと思うのである。そうでなければ、自然人の厚生を増大させるために作られたはずの法人が、いつの間にかご主人様になってしまい、法人のために自然人が働くということになってしまうと思うのである。少なくとも私はそんなわけのわからない世界で生きたくはない。

続いて正常収益に対する課税廃止という部分。率直に言って正常収益などという言葉が、フリーランチはないということを口がすっぱくなるほど主張してきた、経済学者、しかもノーベル賞を取ったほどの人の口から出てくるとは驚きである。何が正常収益なのか、一体誰が決めるのか。全く理解不能である。デフレ下の日本ではマイナスの正常収益ということなのだろうか。なんともコメントのしようがない。

このレポートを読む際にしっかりと認識しないといけないことは、これは資本家国家としての立場を明確にした英国という国から出てきた税制改革案だということである。それがいいとか悪いとかいった問題ではなく、既にものづくりでは立国し得ない、そしてこれまでに資本蓄積および投資のノウハウを十分に蓄えた、その上に英語を基軸にした圧倒的な情報力を基にした、英国という国が取った戦略であるということだ。それゆえに資本を優遇してそこで利潤を得ようという方向性を明確にしているのである。果たしてその方向性はそのまま日本にコピーできるものなのか、という点は十分に吟味しなければならない。私は基本的に日本はものづくり国家だと思うし、たとえアジア限定という形にせよ、金融投資で稼ぐというのは非常にハードルが高いと思う。例えば、円を決済通貨としてアジアで流通させることができるのか、日本語の情報発信でアジア市場を動かすことができるのか、たとえそれができないとしても英語で説得力のある発信をし続けることができるのか。恐らく無理だろう。金融投資で稼ぐにしても、基本的に技術力をバックにした形でしか成り立ち得ないと思うのである。わざわざ苦手な英語を必死に学んで情報発信して市場を動かしていこうとするよりも、淡々と得意な技術力を磨いていった方がいいのではないかと思うのである。日本人が英語が苦手なのと同じような意味で、恐らく外国人は日本人の以心伝心的な技術伝承は得意ではないと期待するのである。それなら得意分野で、自分の土俵で戦った方が幸せなのではないだろうか。そして、それならば、それにあったような制度設計、もちろん税制も含んだものを作っていくべきなのではないだろうか。私が思うに、技術伝承は資本を優遇してもほとんど効果はない。むしろ労働を優遇すべきだと思う。ただそれはマルクス的な静学的労働優遇であってはならないだろう。動学的、成果主義的な労働優遇であるべきだと思うが、具体的にどのような制度設計がいいといったような案は持ち合わせてはいない。ただ、直感的に、資本立国的税制をコピーするよりも、もっと日本に合ったものをしっかり議論した方がよいと思っている。今本当に必要なのは、苦しくても、自分たちのアイデンティティをしっかり再定義し、自分たちのやり方で道を切り開いていくという覚悟を決めることだと思う。

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