スペインなまり - ベリーズの移民

 

どのように外国人が小さな英語圏の国を変えているのか?
 
ベリーズは長きにわたって移民の国だった。英国の伐採業者が18世紀にアフリカ奴隷を輸入し、1840年代にメキシコのマヤ人が内戦から逃れてきた。より最近には、北米の避寒客と退職した英国の兵士がその海岸を発見した。白人と黒人が肩を並べてその国旗の下にたっているのだ。
 
最新の移民は中央アメリカの他の場所からだ。たくさんのエルサルヴァドル難民が1980年代にやってきた。もっと最近には、グアテマラ人が土地を求めている。ベリーズの30万の人口の中で、15%が外国生まれだ。高い出生率のおかげで、メスチーソは(アフリカ人祖先の混じった)クレオールを追い越し、人口の半分をなす最大集団になった。
 
ベリーズには今、英語やその陽気な親類であるベリーズ・クレオールの話者よりも、スペイン語話者の方が多くいる。英語は共通語でたった一つの公用語であるままだ。しかし、スペイン語は領土を広げている。3月7日の選挙用の多くのポスターがスペイン語で、(クレオールの)首相のディーン・バロウはいくつかの演説の翻訳を読む。帰化の儀式は2カ国語で行われ、英語を話すことは市民権のためには必要とされていない。学校は英語で教えるが、スペイン語のレッスンは必修だ。
 
移民はまた、その国の地図を書き直している。他の中央アメリカでは、人々が田舎から町へ動いている一方で、2000年以来移民が国境の町を立ち上げているので、ベリーズにおける都市人口の割合は47%から44%に落ちている。カヨでは、7,000の新しい家族が生まれた。多くは首都の端のトルティージャの店を完備したエルサルヴァドル人地区のサルヴァパンにいる。それはさらに大きくなりそうだ。ジャングルの中に何マイルも広がっている土地は、すでに区画に分けられている。
 
人口ブームは救いと緊張をもたらす。ほとんどの移民は労働年齢で、低賃金と厳しい条件で精を出すことによって砂糖、バナナ、そして柑橘産業の競争力を保っている。しかし、国勢調査でほとんど1/4のベリーズ人が失業中だと答えている中、すべての地元民が新参者を歓迎しているわけではない。そして、スペイン語がより重要になるにつれ、英語しか話せないクレオールはサーヴィス業の仕事を失っている。
 
国境に沿って、グアテマラ人はベリーズの国立公園から野生動物や植物を密漁する。先月、ベリーズ人兵士が、椰子の葉を取っていたグアテマラ人を殺した。その国は、ジャングルの中の離れた移民居留地への道路を作らなければならなかった。
 
土地は、希少になるにつれて、けんかの原因となるかも知れない。サルヴァパンの上品な庭にブランコを持ったきちんとしたコンクリートの家はベリーズシティの南側にあるクレオール地区の羽目板の家より格上だ。国の機関の社会文化調査研究所のニゲル・エンカラダは、中米人が地元民よりも早く土地や住宅融資に飛びつくと語る。「移民が進んで列に並ぶ一方で、ベリーズ人は助けを求めるにはプライドが高すぎる、という者もいる。」と彼は語る。そして田舎に引っ越したいと思うように見えるクレオールはほとんどいない。
 
これらの摩擦にもかかわらず、民族集団間の関係は一般的に良好だ。それは、政党が民族によって分割されず、政治家が新参者の票を得ようとする役に立つ。土地を与えることが好みの戦術だ。いくつかの地域では、ヤード標識を書いた政治家がいつ権力の座にあったかを調べることによって、いつその地域がたてられたかを知ることができる。
 
1月に、ベリーズは選挙登録に間に合うように1,000人以上の移民を国民にした。議員の中には150ドルの料金を繰り返し払う者もいた。そのように歓迎のマットが敷かれているので、ベリーズの移民ブームは収まりそうにない。
 
 
発行日: 
2012-02-18
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