北部の反乱が広がっている - ナイジェリア

 

政府は、反乱軍が主張するほどのことを地域にしていないかも知れないイスラム主義者の蜂起にいかに取り組むかについて真剣に考えなければならない
 
武装集団によって仕掛けられた遠隔爆弾の弱いうなり声が数秒後に政府軍兵士の機関銃の騒々しい音に取って代わられるのを、サトゥ・マリはナイジェリアの北東部の不穏な町であるマイドゥグリの自分のホテルの駐車場で聞く。「爆弾は我々の毎日のパンだ。」彼はのんきに言う。「爆弾は我々のおはようとおやすみだ。」マイドゥグリは本格的なゲリラ戦に滑り落ちており、マリ氏は明るい未来のあるほとんどない事業のうちの一つを経営している。彼は軍人に宿を提供しているのだ。
 
政府は、過去10年で小さな宗派から現れてきたと言われるイスラム主義者の武装集団と戦うためにナイジェリア北部に大軍を送っている。ボコ・ハラムとして知られるその武装集団は、1.6億人強の人口を擁しアフリカで最も人口稠密な国で今起こっているほぼすべての暴力行為に関わっている。2010年後半の銀行や刑務所への一連の攻撃のあとで、その武装集団は去年の3月と4月の選挙の準備期間にあった政治家や選挙関係者を殺すことにより、一段階あげたと言われる。彼らはまた、首都アブジャの厳重に警備された国家警察本部と国連の事務所の爆発にも関わっていると言われる。そして、2年続けてボコ・ハラムはクリスマスの礼拝を攻撃したと言われる。
 
これらすべては、世俗教育への考え方で主に知られる小さな宗派の能力をはるかに超えているようだ。ボコ・ハラムは、北部の主要言語ハウザ語で「西洋教育の禁止」を意味する。暴力の頻度と洗練さが上がっていることから、多くの人、特にアメリカはその集団が国際的なテロリストネットワークから支援を受けているのでは、と考えるようになっている。アルジェリアのアル=カーイダの分派と、よりありそうなのはソマリアのシャバブが噂されている。西側の「世界的なテロとの戦い」の前線として儲かる贈与を得ることに熱心なナイジェリア政府は、そのような説明をけしかけてきた。
 
主にムスリムの北部の宗教家や政治家は、しかしながら、これとは違った見方をしている。彼らにとって、公的に言われる国際的な関係を持ったひどく活発なイスラム周辺集団は、かなり想像上のお化けだ。彼らは、北には真の宗教的狂信者たちもいるが、ボコ・ハラムは犯罪的な日和見主義者と不満を持った政治的作詞との怪しい混合体を吸収してきたと示唆する。「それは何かバミューダ・トライアングルのようなものだ。」その集団の出身地のボルノ州知事のカシム・シェティマは語る。「ボコ・ハラムは誰もが買うことのできる営業権になったのだ。」
 
ナイジェリア大統領のグッドラック・ジョナサンは、二つの考えを持っているようだ。彼は、ボコ・ハラムとその同調者たちが軍や警察を含んだ政府のすべての支部に浸透していると主張する。「手を突っ込んで食事をともにし続けているものもおり、その人物があなたに銃を突きつけ、家の裏庭に爆弾を埋め込むと言うことを知りさえしないだろう。」彼はアブジャの教会での集会で語った。
 
ムスリムの北部では人気のないキリスト教徒のその大統領は、流血を強いる安全保障担当長官の助言に従っている。彼は北部の多くを戒厳令下においている。彼は軍や警察に大規模作戦を展開するフリーハンドを与える準備ができているようだ。そして彼は、今年、安全保障に、驚くべき連邦予算の20%をあてがう。
 
そのような手法が事態をさらに悪化させるかも知れないと恐れる者もいる。すでに北部に展開された軍隊は、地元民から占領者と見なされている。彼らの高圧的、時には暴力的な行為は、反抗的な感情をかき立てる。その反動はすでに起きている。
 
北部の最も緊急の要望は経済発展だ。石油が豊富な南部が好況に沸く一方で、ほとんど3/4の北部人がどんな貧困線よりはるかに下の年間200ドル以下で生活している。本当にその地域に役立っている政府の計画はほとんどない。
 
その国の8,000万のムスリムは政治的影響力のなさを非難する。軍がナイジェリアを統治したとき、北部人はかなり世話をしたが、それは12年前に終わった。周縁化の感覚が政治的不満を揺り動かし、それが北部過激派の糧となった。しかし、諜報機関は彼らを追い立てるよう課し、宗教的過激派にしろ政治的日和見主義者にしろほとんど見つけることができなかったようだ。お化けが耐える一方で、政府は素早く適法化し、長期の不満を処理しなければならなかった。
 
今までのところ、反対のことが起きている。1月1日からの燃料補助金の削減という政府の勇敢な決定は、大きな経済的意味を持つだろうが、貧富の格差をはるかに広げた。全国的なストライキが後に続いた。緊張と無法状態が持ち上がった。
 
しかし、ナイジェリア国家はもし正しくカードを切れば反乱を終わらせることができることを示した。数年前まで、ナイジェリアでのほとんどの政治的暴力は南のニジェールデルタで起こっていた。今の北のように、住民は不正、貧困、不平等、そして開発の欠如に不満を持っていた。デルタの人々の中には武装集団を支持するものもおり、彼らの贈り物から利益を得る者もいた。2008年の最初の9ヶ月は、1,000人かそこらの人々が暴力行為で殺され、ほぼ300人が誘拐された。何年にも渡って、パイプラインの破壊工作や石油の窃盗によってナイジェリアが被った費用はほぼ240億ドルだと推計された。
 
しかし、恩赦を含んだ2009年の取引で、相対的な平和がその地域にもたらされた。武装集団は無条件の恩赦と現金を提供された。約2.6万人が受け入れた。公式な数字によると、1.5万人強のかつての武装集団は職業訓練か、遅れたにしても公式の教育を受けた。
 
デルタはより安全だが、恩赦計画は未だに完全な平和をもたらしてはいない。そしてそれは高価だ。悔い改めた闘士たちは、リハビリテーション期間に、月に393ドルの現金と食料手当を受け取った。今年の政府予算では、4.58億ドルが恩赦の維持のために使われ、それは無料の初等教育を提供する統一基本教育委員会への予算よりも多いのだ。ボコ・ハラムの真の目的はイスラム国家ではなく、恩赦ではないかという者もいる。そうだとしたら、政府は少なくともそのような可能性を探るべきだろう。
 
 
発行日: 
2012-01-14
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