全国への脅威 - ナイジェリアの危機

北ナイジェリアをテロ化しているムスリム過激派集団ボコ・ハラムとは、誰で何なのか?

カノの知事宅の拡声器は、何百人もの役人が祈るために駐車場に小さなマットを敷きタール舗装の上に並べたところに来るよう呼び出して、毎週金曜日にイマームの声で活気づく。彼らは地元のモスクを訪れていたものだが、もはやバグダッド型の緑地地帯の外側を冒険するほど安全を感じていない。そばの道は、ヒトの高さの障害物でふさがれている。入口は、住民すらも鉄条網を上に貼った壁で守られた家にたどり着くために証明書を示さなければならない数少ないしっかりと運営されたチェックポイントを通り抜ける。警察官は要塞化されたトーチカで交差点を見ている。その道には、誰かが爆弾を積んだ車を駐車させないように、コンクリートを詰めたドラムが並んでいる。

ナイジェリアの1.6億人の人口のうち9,000万人かそこらが住んでいる北の首都のカノとその国の北半分の多くは、反乱中だ。ムスリム過激派は、今年1,000人以上の人々を殺している爆破と暗殺の作戦を行っている。公的生活のあちこちに潜り込んでいる。その経済は破壊されている。カノの商人は、顧客が敢えて外に冒険に出ようとしないので、売り上げが半分に下がっているという。「人々が大きな音を聞くと、今では彼らは走る。」不動産管理者のアルハジ・スレイマンは語る。爆発はとても頻繁に起こるので、4歳の息子がどこで起こったかを言い当てることができる、とある心配した父親が語る。

陰謀論がたくさんある。全国政治に利害を持つ人にほとんど責任がある。北部人の中には、南が分離を行い、ナイジェリアの沿岸石油の独り占めをしようとしていると主張する。対照的に、アブジャの連邦政府のメンバーの中には、北の政治的エリートが次の選挙で南部人のグッドラック・ジョナサン大統領が悪く見えるよう暴力を首謀していると示唆するものもいる。治安部隊が、予算を増やし続けるために、危機を加熱し続けたいと思っていると示唆するものもいる。このような主張の中には一粒の真実を含むものもあるが、それ以上ではない。治安部隊は確かに追加資金を得ており、そのいくらかは最後には個人のポケットに入っている。政治家の中には利益に待機しているものもおり、事態に目をつぶっている。しかし、その闘争の起源は、10年前だ。「我々は政治と何の関係も持ちたくなかった小さな信仰集団として始まった。」全部ではないがいくつかの攻撃の犯行声明を行っている集団のボコ・ハラム(「西側の教育は罰当たりだ」)のメンバーだという、自らのことをアブドゥラと呼ぶ男は語る。

もともとのメンバーは、ほとんどが、急速に干上がっているチャド湖に接するボルノ州からのカヌリ族の漁民だった。10年前彼らは、風変りで保守的だが非暴力的なイマームのモハメド・ユスフの説教に群がった。彼は、コーランへの厳しい固着を要求し、ダーウィン主義進化論を拒絶し、地球は平らだと教えた。ボコ・ハラムは、その地域の田舎の貧者の磁石であるボルノの首都マイドゥグリになだれ込んだ。ナイジェリアの北東部離れたところに隠れたボルノは、二言三言言っている、もっとも管理の悪い州の一つだ。その識字率は、南部の事業の中心のラゴスよりも2/3低い。ボルノの一部の女性の5%以下しか読み書きができない。一人当たり所得は、南よりも50%低く、学校への出席率は75%低い。過去には、その州政府は不正の典型だった。選挙はその暴力と不誠実で注目されている。

対照的に、ユスフは、その支持者に無料の食事、教育、そして望みを提供する規律ある分派を打ち立てた。脅威を感知して、当時の知事は2002年にそれを破壊し始めた。何百人ものそのメンバーが、傍観者とともに殺された。一つのエピソードとして、治安部隊がヘルメットをかぶっていないとして19人のバイク搭乗者を殺した。しかし、その取り締まりは、人々にさらにユスフを崇拝させた。彼は、アルジェリア、マリ、そしてニジェールといったサハラ諸国のムスリム民兵と関係を持ったものを含んだ新たな支持者を惹きつけた。彼らは、アル=カーイダやアフガニスタンのタリバンに感銘を受けて、ジハードの旗のもとに知事と戦いたいと思った。東アフリカに訓練のために去ったものもいた。

ボコ・ハラムがますます暴力的になった2009年までに、その知事は、約1,000人を殺した追加の治安部隊を招き入れた。何千人もが駆り集められ、審理なしに捕まえられた。ユスフは、明らかに警察射撃部隊により、射殺された。ボコ・ハラムの生き残りは、再結集するために隣国に逃れた。その政府の、南からの軍隊に率いられた無差別取締りは、北部ナイジェリアで、カヌリ族と支配的なハウサ=フラニ族との間の長く続いた民族分断を終わらせた。両者は今、ナイジェリアの南部の民族集団、国の治安維持部隊、そして腐敗した北のエリートを共通の敵とみている。
 

より大きな野望

2010年の終わりに、よみがえったボコ・ハラムはナイジェリアに戻ってきた。宗教的抵抗運動として始まったものは、本格的な反乱に変わった。その集団は、自分たちをアラビア語で「預言者の教えとジハードの普及に関わった人々」を意味するJama’atu Ahlis Sunna Lidda’awati wal-Jihadと改名することにより、より大きな野望の信号を出した。声明は、選ばれた政府の正統性に挑戦し、すでに北部ナイジェリアのムスリム多数派州で施行されるよう考えられているシャーリア法のより厳格な適用を求めた。

しかし、ボコ・ハラムの基本的見通しは変わっていない。2つの悲しみがそれを動かし続けている。一つ目は、そのメンバーへの無差別殺人だ。代わりに、ボコ・ハラムの指導者は、そのメンバーに、それに害をなした人々や組織を目標とするよう奨励した。彼らに反対の発言をした警察、役人、刑務官、聖職者、そして記者たちだ。そのメンバーは、政府に近い新聞のThis Dayを2度攻撃した。9月の間に、その集団は、政府の監視を促進する通信会社に属する少なくとも20の携帯電話通信塔を打ち倒した。反乱者にとって、復讐は気持ちが良い。

ボコ・ハラムの別の大きな悲しみは、経済的不平等だ。それは、政府各層を不正と強欲さで非難している。ナイジェリアはその南部の石油から年にほぼ500億ドルを稼いでいるが、その北部国民はほとんど利益を得ていない。「ボコ・ハラムは純粋なイスラム集団というよりもむしろ、悪政に対する抵抗運動だ。」ナイジェリア北部の最大都市の一つカドゥナの英国国教会の司教ジョシア・イドウ=フェロンは語る。

過去2年間で、ボコ・ハラムの戦術は、より洗練されてきている。かつてはバイクに乗って警察官を売っていたものだが、今ではその指導者は、アブジャの国家警察本部といった建物に、産業用爆発物を詰めた自動車爆弾で自爆テロをするよう準備したメンバーを送り出す。何年間も、ほとんどのナイジェリア人は、自国生まれの自爆テロリストはいないだろうと考えていた。「我々は人生をとても愛している。」彼らは言ったものだ。最近、15歳の少年がマイドゥグリで自分を吹き飛ばそうとして捕まった。

同時に、その集団はその地理的到達を大きく拡大している。それは、北ナイジェリア中から中央ナイジェリアのアブジャまでに至るところで攻撃を実行している。指導的な反乱対応専門家によると、ボルノ外での攻撃の割合は、今年、22%から64%に上がっているという。全体的な攻撃率は、その死亡者数のように、去年と比べて50%増えている。1月20日に、何十人もの戦士たちがカノのいくつかの警察兵舎に押し寄せ、数時間にわたって彼らを拘束し、約200人を殺した。ボコ・ハラムは、ザリアの家が攻撃されたナイジェリアの副大統領と葬式での国会議員を含んだ、多数の上級政治家を目標にしている。

その作戦は、ボコ・ハラムの勃興を第一等に導いた悲劇を目立たせている。食料価格は北で高騰している。農民は市場に行くことを恐れている。政府給与は前よりもさらに遅く支払われている。道を補修するための基金は、消えている。防弾ドアを約800ドルで売っている事業家は、数少ない成功者だ。病院では、患者は自分の薬と針を持ってこなければならない。免疫が減っているので、ポリオは再びかなり増えるかもしれない。警察が逸れたので、レイプと強盗が跳ね上がっている。援助機関は、今では北にほとんど職員を送らない。外交官はほとんどまったくいかない。南部人もまた、熱を感じている。ラゴスでは、好まれる目標である教会への道はしばしば日曜日に閉鎖される。アブジャのホテルの占有率は急上昇している。

政府は依然としてボコ・ハラムを治安の問題としてみている。「大統領の周りの人々は、その運動を動かしているものが何かを理解していない。」ヴェテラン外交官は語る。例外もある。「新しい反テロ戦略」を案出するための国家安全保障顧問として最近大統領に任命された北部人のサンボ・ダスキは、ボコ・ハラムと話そうとしている。その問題を話すための、彼の最近の北への旅は、国家的指導者によるその種のものの最初のものだった。しかし、ほとんどの顧問は、ボコ・ハラムが軍事的に押しつぶすことができ、またそうすべきだと考えている国家安全保障委員会の著名なメンバーであるサルキン=ヤキ・ベロ大将の型の中にいる。

北部の指導者たちは、経済開発の必要を強調して、異なった調子を歌う傾向にあるが、ボコ・ハラムの魅力を軽視している。カノの知事ラビウ・ムサ・クワンクワソは、新しい学校を開き、治安改善のために街灯を設置している。しかし、彼は、要塞化された邸宅内に住んでいても、状況の重力を認めたがらない。「事態は今ではよくなっている。我々は外出禁止令を解除したのだ。」彼は語る。別のインタヴューで、知事と警察長官は、代わりに「悪党」と言って、ボコ・ハラムの名前を口にすることすら拒絶した。「もちろんあなたは我々がいくつかの小さな事件を持っていることに気づいているかもしれない。」4人のボディガードを脇に、最先端の防弾スーツの隣に立って、その長官は語る。
 

大きな音はうまくいっていない

治安部隊と彼らの高圧的なやり方は、はっきりと問題の一部だ。国民は、検問で繰り返し待たされ侮辱さ続けている。カノの市民社会フォーラムのバラ・アブドゥライは「我々は今年、前例のない権利侵害の増加を見ている。それは刑罰とともに続きそうだ。我々は政治的指導者の注意をこれに惹こうとしているが、彼らは我々に会うことを拒絶する。」と語る。無礼だと考えられたものは、「蛙飛び」として知られるひどいことをさせられる。溝の中で転がるよう強いられたものもいた。「もしこれが続くのならば、私はむしろボコ・ハラムの下で生きたい。」ある大学教師は語る。

外出禁止令が警告なしに課され、店はそれからしばしば兵士によって押し入られたと考えられている。爆発の場面でバイクを放棄するよう強いられた人々は、戻ってきたときに彼らを拾い上げるという容疑でしばしば逮捕された。38人の人々が殺されたカドゥナでのイースターの土曜日の爆発に続いて、ほとんどそのすべてがバイクの運転手だった生き残りの人々は、そのバイクを取り戻すためにかなりの賄賂を払わなければならなかった。

攻撃の後で、常に攻撃的な治安部隊は、しばしば全地区を取り囲み、中にいるすべての男を逮捕し、時にその多くを撃った。9月25日に、ダマツルの町の軍隊は、一度の夜間暴動で35人のボコ・ハラムのメンバーを殺し、「何人か」を捕らえたと誇らしげに発表した。NGOのオープン・ソサエティ財団によれば、ナイジェリア警察は年に2,500人の人々を殺すという。最初の対戦を生き残った容疑者は、時に漠然と、審理なしで拘置されそうだ。

西アフリカでましな軍隊の一つだと説明されるが、ナイジェリア軍は反乱と戦うためには訓練されていない。ボコ・ハラムは彼らの愚かさを利用する。爆弾を爆発させた後に、その人々は上空に何発か発射し、それから傍観する。効果なく犯人を捕らえることを望むが、常に無実の人々を殺すことになる、群衆への乱射を兵士が行うからである。

彼らのすべての未熟さにもかかわらず、治安部隊は、ここ数か月たくさんのボコ・ハラムのメンバーを殺して、奇妙な成功をもぎ取っている。彼らは、情報の収集・評価にうまくなっている。カドゥナのヤキ(戦争)作戦はうまくいったと言われている。カノでは、警察は3,000人の高官を再訓練して、軍隊と諜報部門を賢明にも一つの司令下に置いている。

依然として、ボコ・ハラムは国とその国民との間にくさびを打ち込むことに成功している。2年間にわたる激しい紛争の後で、その中心地の厳重な治安に適応し、指令管理構造を作り出して、戦いに強化されている。指導者としてのユスフの後継者で30代のアブバカル・ シェカウは、信心深く控えめだと言われており、おそらく隣のニジェールに潜伏している。ボコ・ハラムの32人のシューラ議会は、おそらくナイジェリア国外で、定期的に会っている。第二位の司令官は、かつてスーダンで勉強し、去年アブジャの国連本部を吹き飛ばした爆破を立案指導したママン・ヌールだ。
 

交渉は考えられるのか?

その議会はその何千もの支持者に命令を出し、政府とのどんな平和協定にも裏書しなければならないだろう。しかし、ボコ・ハラムは広い考えを覆っている。それは、様々な狙いを持った、かつてないほど多数の不平分子を含んでいる。ボコ・ハラムの看板を攻撃の動機を偽装するために使っている犯罪者もいる。カノの対立するナイトクラブの所有者は、お互いの店を爆破し、警察をだますことを望んで、偽のイスラム主義者の犯行声明を出したと言われる。

スペクトルの反対側では、世俗国家の消滅を熱望し、マリなどのサハラのほかの集団と一緒にボコ・ハラムをアル=カーイダの傘の下に置きたいと思っている、不死身のイスラム主義者がいる。ナイジェリア警察は、押収したラップトップの中に、アラビア語の爆弾製造マニュアルを発見した。原理主義者が北西部のボコ・ハラムを支配していると言われる。

今のところ、シューラ議会は、たぶん犯罪的なギャングやアル=カーイダを含む広範囲の支持者からの資金を幾分か取り入れている「広いモスク」を代表している。その集団は、ますます誘拐を行っており、特に外国人から身代金をとっている。他の場合、犠牲者は警察との銃撃戦で殺されている。

連邦の中心から圧力を受けている地方政府は、ボコ・ハラムの保護金を支払いたくなくなっている。カノの前知事は、過激派から防ぐためのその予算の一部を渡されるよう力を与えられ、それ故に明らかにカノを主要な攻撃と戦わせる、ヒスブとして知られる宗教警察を作り出した。その集団を買収する行為は今では止まっている。警察は、似たようなことを行ったボルノの宗教事象委員長を殺した。

中央政府はかつてボコ・ハラムと折り合いをつけることができたのか?今のところ、その集団の狙い、とりわけムスリムの北部へのより大きな平等とシャーリア法のより厳格な適用は、かなりあいまいだ。彼らの中の原理主義者は、ナイジェリアを分割し、キリスト教徒を北から追い出したいと思っているかもしれない。もしダスキ氏のような人々が意思を貫徹すれば、連邦政府は、ボコ・ハラムのより柔軟な人々を過激論者から引き離し、北部人のために特に経済的な面でより良い取引を交渉しようとするだろう。しかし、その万が一は、悲劇的なほどはるか遠くのように見える。
 

発行日: 
2012-09-29
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