悪くなっている - ナイジェリアの困難

イスラム過激派集団は、かつてないほどに死に至る影響力を持つようになっている

ナイジェリアの北部と中部の暴力は悪化している。過激派イスラム集団のボコ・ハラムによる、教会へのますますひどい攻撃は、キリスト教徒とムスリムとの脆弱な関係を痛めている。教会への攻撃は、ボコ・ハラムにとって新しいことではないが、それはその注意を、二つの宗教が混じっており、しばしば獰猛な報復を掻き立てるナイジェリアの「中間帯」にその目標を向けている。キリスト教の指導者は、その信者の忍耐が「切れるだろう」と警告している。

両宗教がまじりあった街ジョスで7月7日に起こった激しい戦いは、少なくとも63人の人々を殺した。1日後、一人のナイジェリア議員と何人かのほかの哀悼者が、集団葬の間に銃を置いた。その町の一部は、今では日暮れから夜明けまで夜間外出になっている。ボコ・ハラムは7月10日にそれが攻撃の裏におり高官を殺し続けるだろうという声明を発表した。それは、キリスト教徒が、イスラムを受け入れるまで、「再び平和になることはないだろう」と脅した。

広がる分離主義者の不穏の見通しは増している。先月、ボコ・ハラムは、反乱軍によってかなり触れられていなかった北の町のカドゥナで3つの教会を攻撃し、21人を殺し、さらに100人強を殺した4日間の暴力に点火した。夜間外出禁止と日中の暴力が、ナイジェリア北東部のボコ・ハラムの本拠地からかなり離れた、カドゥナやほかの町で続いている。

グッドラック・ジョナサン大統領は、3月に、その脅迫は6月までに処理されるだろうと主張した。しかし、重装備の軍事戦術はその集団を押し上げているだけだ。交渉のためのはかない努力は失敗した。カドゥナが燃えている間に、予定されていたブラジルへの外遊をしていた時に、批判が燃え上がった後で、ジョナサン氏は、彼の国家安全保障担当補佐官と防衛大臣をくびにしなければならないと感じた。彼は、ナイジェリアは、「新戦術」を必要としていると言ったが、彼はそれらがどのようなものかを説明できなかった。南部のキリスト教徒として、彼は長い間、北の指導者たちとともに働くよう、外部者によって駆り立てられていた。十分確かなことに、彼の新たな安全保障補佐官は、北部のムスリムだ。

ボコ・ハラムは、2009年に、北東部の町のマイドゥグリで、原始的な爆弾と車からの射撃で、その反乱を始めた。バイクに乗った男たちが、ムスリムの州から取り除くことを試みて、警察や聖職者を狙った。その集団は、素早く進化し、去年の8月に首都アブジャの国連本部を襲う最初の自爆テロで25人を殺した。去年までに西アフリカでかなり知られた自爆テロは、今、ボコ・ハラムの武器庫で最も効能のある武器だ。11月に、銃の攻撃と同様にそのような爆弾で100人以上の人々が殺された。

その集団は、その中核的な計画者やイデオローグは30人程度かもしれないが、数百人からなっていると考えられている。強い全国的な経済成長にもかかわらず、貧困が鋭く上がっている北部は、理想的な求人場所だ。安全保障筋は、15歳という若さの少年たちが、二つの最悪の困難な場所であるマイドゥグリとダマトゥルで、ボコ・ハラムのために武器を運んでいる、という。

暴力が分離主義者の衝突を起こし、そのセクトの名前の裏に犯罪的なギャングが隠れるとき、どの暴力が本当にボコ・ハラムの仕業なのかがいつもはっきりするわけではない。その集団にはおそらく全面的な指導者はおらず、様々な地域の別々の細胞に頼っている。彼らがその行動をどれほど密接に調整しているかははっきりしない。北部最大の町、カノでの一連の攻撃と誘拐は、故オサマ・ビン・ラディンの組織のその地域版として知られるイスラム・マグレブのアル=カーイダ(AQIM)とのつながりの可能性を持った、ある程度の合同計画を示唆する。ボコ・ハラムの人々の中には、マリのAQIMで訓練されたものもいると言われるが、非ナイジェリア人の聖戦士がその集団を支配しているとの兆候はない。依然として、アメリカのアフリカ司令官カーター・ハム将軍は、それがAQIMとソマリアの恐ろしいイスラム民兵のシャバブとつながりがあると語る。
 

発行日: 
2012-07-14
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