鳥のえさに及ぶものはない - ナイジェリアのジンバブエ人農民

なぜナイジェリアでの商業的農業はそれほど難しいのか

18人の白人ジンバブエ人農民が当時の知事の招待に応じてナサワラ州の土地のまとまりに定住してから7年後に、たった一家族しかそこに残っていない。他の人たちはみな絶望で諦めたのだ。35歳のブルース・スペインとその父で66歳のコリンは、その豪胆な妻たちと一組の幼児たちとともに、頑張っているが、かろうじてだ。首都のアブジャから車で二時間東にある平らな乾燥した低木地帯で、スペイン一家とそのジンバブエ人同胞たちは、様々な農業事業を実験している。しかし、主に低品質の種と肥料のために、農産物収益はものさびしい。機会が壊れた時に部品を手に入れるのは難しかった。スペイン一家の最後の望みは、鳥のえさを大量生産する工場だ。「良い種が利用でき、盗難の要素が対処されるまでは、ナイジェリアには商業農業はほとんどないだろう。」スペイン氏の父親は語る。

問題の繰り返しは終わりがないように見える。「組織されたマーケティングがないのだ。」息子の方が語る。「マーケティング委員会はない、何もないんだ。ナイジェリアでは自分でやらなければならない。ジンバブエでは植え付け前の価格を知っており、政府は育てたものを買う保証をしていた。ここには補助機構はないのだ。ジンバブエでは、土壌サンプルを肥料会社に送り、彼らはどんな種類が一番良いのか教えてくれたものだ。そのようなものはここにはない。」

スペイン家は、コンセントにつなぐ電気がなく、水道水がなく、固定電話回線がなく、訓練を受けた労働力がなく、誰も基本的な経理を上手にできず、利用できる研究設備がなく、農業データに簡単にアクセスできない。道路はひどい。泥棒が蔓延している。

最大の初めの頭痛は、金利20%以下で長期融資をするよう銀行を説得することだった。そして銀行が合意した時、その資金は提供されないかもしれなかった。「いつも来週、その次の週、だった。」息子は語る。「それがナイジェリアでの一般的なお話だ。」最初の5年間のうち2年間、銀行融資の欠如のために彼らは仕事をしなかった。「いつでも接触が必要だ。」彼はため息をつく。「賄賂が役に立ちうる。」彼は含み笑いをする。「少なくとも、それは何かをしてほしいときに、それがすぐにされることを意味する。

父親の方は、相変わらず快活に、岩がちの露頭の上に高い電気フェンスに囲まれたきちんとした一階建ての建物を建てている。それは、彼らの農場が没収されたジンバブエを偲ばせる。1980年の独立以前のゲリラ戦の間に、彼らの家屋敷は焼け落ちた。ここナイジェリアでは、焼けるような熱の中で、彼らは蚊帳の下のヴェランダで安らかに眠る。「我々は年に3-6回マラリアにかかる。」それは彼らのもっとも小さな心配のようだ。
 

発行日: 
2013-04-13
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