風刺的な韻文 - 政治とユーモア

指導者たちをからかうことは、かつてないほど多くの人々によって楽しまれる喜びだ

政治的冗談はかつてないほど遠くに広がる。去年、アメリカの風刺雑誌のオニオンは北朝鮮の丸顔の指導者金正恩を「生きている中で最もセクシーな男」だと宣言した。中国の人民日報は、そのノミネートをまじめに受け取り、その名誉を祝福するために55枚の写真を広めた。オニオン誌が、田舎の白人アメリカ人はバラク・オバマよりもイランの当時の大統領マフムード・アハマディネジャドに好意的な意見を持っていると発表した偽の世論調査を公開した時、あるイランの国営ニュース機関はこれを本当のニュースとして報道した。たくさんの人々がオニオン誌を彼ら自身を楽しませるものとしてそれほど無邪気に見ているのではない。去年、そのサイトのトラフィックは70%程度増えている。

政治的風刺は、19世紀のフランスでルイ・フィリップを風刺したオノレ・ドーミエや、「動物農場」の著者であるジョージ・オーウェルといった芸術家や作家の領分だったものだ。それは、少なくともアリストファネスが劇中でギリシャのエリートを狙った時から存在しているが、現代技術と政治風土の変化のおかげで、それは今ではほとんどどこにでもある。インターネットが、大衆がその楽しみに参加することを簡単にしている。風刺画や風刺文は、もはやそれを発表するのに印刷出版を必要とせず、オンラインで投稿できる。ソーシャルメディアは笑いと同じくらいの伝染性で政治的雪崩を助けており、インターネットの利用者がミームを共有し気ままなもじりを追加する「リミックス文化」を育てている。

インターネットはまた、風刺者が検閲を迂回し、匿名にとどまることを簡単にしている。中東の風刺ニュースサイト汎アラブニュース調査は、無名の編集者によって運営されている。風刺者は、そうでなければ持つことができなかったであろう地球規模のリーチを楽しんでいる。コメディ・セントラル・チャンネルでのユーモアに満ちたニュース番組である「デイリー・ショウ」の司会をつとめるアメリカ人のジョン・スチュワートは、ユーチューブに映像投稿を始めたエジプト人心臓外科医のバセム・ユセフによるものを含んだ外国の模倣ものに影響を受けている。それらはとても人気になっているので、彼はエジプトのテレビチャンネルで枠を与えられた。

風刺は、依然としてその生まれ故郷、劇場で繁栄している。モルモン教をからかったミュージカルである『モルモン書』はアメリカと英国で大ヒット記録を破っている。しかし、革新は主にオンラインで起こる。テキサスの州議会議員ウェンディ・デイヴィスが堕胎を制限する法案を妨害するのに10時間立ち尽くしたとき、彼女の支持者たちは反対派を酷評するために、オンライン小売のアマゾンに頼った。その日にデイヴィス女史が履いていたミズノのランニングシューズのある商品レヴューは、「それが共和党のけつを蹴り上げるのに完全に合う」と述べる。ツイッターアカウントのクレムリンロシアは、ロシア政府のニュースリリースをあざける。

ひとたびそのような宣言が風刺エッセイで磨きをかけらたら、アメリカの建国の父の一人ベンジャミン・フランクリンは、「」を書いた1773年に、英国政府にユーモラスな助言をした。そのようなエッセイは、一種の復活を遂げている。年長者からの差別に直面している若者についてのマット・ボースによる、CNNのウェブサイトに掲載された最近の風刺画エッセイは、ソーシャルメディアで熱心に掲載された。

権威主義的な国々では、言葉よりもむしろ符号化されたイメージのほうが、検閲を避ける可能性が大きいからと言うだけでなく、風刺的な不同意の一般的な形だ。6月の天安門事件24周年の日に、中国のマイクロブログサイトウェイボーは、からっぽの北京の広場にいる黄色いプラスティックの写真で埋め尽くされた。それらは、検閲が検索エンジンから「大きな黄色いあひる」という言葉をブロックして介入する前に広まった。CNNのトルコ語チャンネルがその月に、イスタンブールのゲズィ公園での大きなデモを報道するよりむしろ、ペンギンのドキュメンタリーを見せることを決めた時、ペンギンたちはソーシャルメディアサイトであちこち歩き回った。

新技術だけで現在の風刺ブームを説明できるわけではない。民主主義に向かった世界規模の動きを含んだ政治的変化も役立っている。ノースカロライナ大学の准教授ゼイネップ・トゥフェチは、表現の自由が人々を起こらせる程度には制限されているが、人々の比較的自由に交流する能力を破壊するほどには政治的抑圧が厳しくはない「折衷諸国」で、風刺が特にうまくやられていると考えている。アラブの春によって引き起こされた体制変化は、創造的で魅力的な風刺画の新たな季節に火をつけている。シンクタンクのモスクワメディア法政策研究所のアンドレイ・リヒターによれば、インターネットはまた政治家をよりあざけりに慣れさせ、その競争相手もまたさらし者にされているとわかるので風刺に対してそれほど罪に問いそうもないようにしているかもしれないという。

しかし、アゼルバイジャンからジンバブエまで、ユーモアのない政府を持つ国々の多くの風刺作家は、自身を表現するのに苦労している。彼らは繰り返し投獄され、誘拐され、そして脅されている、と提言集団のカトゥーニスト・ライツ・インターナショナルのブロ・ラッセルは語る。オンラインの取り締まりを簡単にする法を作ろうとしている国もある。

そしてインターネットが一般的に風刺を盛り上げるかもしれない一方で、それはまた実践者がそれで生計を立てるのを難しくしている。これは特に職業風刺画家に当てはまる。その数は、新聞が下向きになり職員削減をするにつれて、だんだん小さくなっている。アメリカの新聞は、100年前には約2,000人のフルタイムの論説風刺画家を雇っていた。2010年には、たった40人しか残っていなかった。ほとんどの仕事はフリーランスによってされているのだ。彼らの最高の(そしてしばしばたった一つの)支払手形は、全国的に売る風刺画から来る。ゆえに、地方政治は今ほとんど彼らの注意を惹きつけない。もっとも成功した風刺画家は、自身のウェブサイトを運営し、マグカップやTシャツのような商品を売る。しかし、それはめったに儲からない。オンラインの出版社カトゥーン・ムーヴメントのティヤード・ロヤールズは、「世界にはより多くの風刺画家がいるが、よりパートタイムの風刺画家だ。」と言う。

風刺の爆発の側面を歓迎していないのは政治家だけではない。インターネットのおかげで、職員の専門調達業者は、より多くの競争に直面している。かつて、冗談は自分を犠牲にしていた。才能のある何人かによって作られたニッチの作品は、世界規模で人気のある趣味に変わっており、かつて大胆不敵な評論だとみなされたものは、今は主流だ。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのメディア論教授チャーリー・ベケットは、風刺家は人々に衝撃を与えたものだ、と語る。しかし、どれだけ彼らが邪悪で個人的だとしても、彼らは影響力を失っている。「みんながインターネット上では無礼なのだ。」
 

発行日: 
2013-08-31
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