新中産階級が立ち上がる - 新興市場での政治

マルクスの革命的なブルジョワジーはその声を再び見つける
 
過去4年間は、景気後退の打撃を受けた豊かな国々と元気な新興巨人との間で鋭い対照を見せた。今年、豊かな国々での経済的苦悩は、その政治にも溢れでた。ヨーロッパの政府はユーロ危機の泥沼にはまり、一方でアメリカはその国債の格下げを引き起こした。しかし、その苦悩は一面的なものではない。その経済的成果にも関わらず、中東は言うまでもなく、中国、インド、インドネシア、そしてブラジルのような国々は、西側の不安感とほとんど同じくらい深く、不満に悩んでいる。
 
インドでは、議会主導のマンモハン・シンの政府は、デリーでハンガーストライキを続けていた反不正のヴェテラン運動家アンナ・ハザレの支持者による大衆デモという、今までのところ最大の挑戦に直面している。今週、ハザレ氏は、政府が汚職に対する厳しい法律を通すことに合意したあとで、甘いココナッツ水を一杯飲んでストライキをやめた。その抵抗は、去年のデリーでのコモンウェルスゲームから、2Gの携帯電話の周波数免許の分配に至るまで、一連の大きな不正スキャンダルの帰結だった。「路上で見かけるのは、中産階級の変化だ。」金融省元高官のマハン・グルスワミーは語る。
 
反乱は中国でもある。8月の中頃、天安門事件以来最大のデモの一つが北東の好況の町の大連の路上で起こった。そこでは、嵐の被害を受けた化学工場を閉鎖するよう当局が命じた。この規模のデモと、それに対する降伏は、先例がないこともないが、非常に珍しい。これは、似たような計画に対して南部の町のアモイで2007年に起きた抗議を連想させる。その事件は、中国の中産階級がその政府に対して環境の酷使について新しい意志を表明した、最初の大きな例だと普通見られている。さらに、その大連の抵抗は、ほとんどがシナ・ウェイボーのようなマイクロブログサーヴィスを通して表明された、39人を殺した二つの高速鉄道の衝突への高官の無視を非難した一般の怒りの、わずか1週間後に起きた。非難がとても広がったので、国の監視下にあるメディアでさえも参加した。
 
その衝突は、2月に中国議会が高速鉄道網に責任を持つ大臣をクビにしたばかりなので、より微妙だ。彼は、賄賂として10億元(1.52億ドル)をくすね、18人の愛人を囲ったとして告発された。別の鉄道省の最高幹部が後に不正で解雇され、国の監査人は、何百万もの金が高速鉄道網から使い込みされたと語った。
 
その物語は、省庁の横領で大騒ぎの真っ最中にあるブラジルにこだました。6月までに、ジルマ・ルセフ大統領は、官房長官、運輸大臣、その省の多数の高官、そして脳業副大臣を、皆様々の違法行為の主張に従ってクビにした。窃盗の疑いで副大臣を含む観光省の30人以上の高官が逮捕された。これもまた、この規模の不正スキャンダルは最初のものではない。元大統領のフェルナンド・コロール・デ・メロは不正の疑いで告発された。そして、ブラジルと他国の大きな違いは、大統領がきれいにする責任を指導しているように見えることだ。さらに、これは、疑いもなく、ルセフ女史が8ヶ月前に政権をとってから最大の挑戦である。
 
 
 
ブルジョワ・ブーム
 
豊かな国々では、政府を貶めているのは、かなりが公的金融の管理の問題と結びついた経済減速の結果だ。対照的に、新興市場では、公的支出は管理できる範囲内にある一方で、成長し続けている。彼らの政治的苦悩の爆発の要因はどこか他にあるはずだ。もっともそれらしいものは、インドや中国、そして恐らく他の新興市場でも、その中産階級の集団が成長することによって、政治的要求の初期の目覚めを経験しているということだ。
 
世界銀行のマーティン・ラヴァリオンによれば、(1日あたりの収入が2-13ドルの人々と定義される)中産階級は、発展するアジアで1990-2005の間でその数が3倍の15億人になったという。ラテンアメリカでは、同じ期間に2.77億人から3.62億人に、そしてサブサハラアフリカでは、1.17億人から1.97億人になった。(定義上では多くの貧困をわずかに超えただけの人々を含んでいる)中産階級は、2008年に、アフリカで人口の1/3、ラテンアメリカで3/4、そして中国ではほとんど90%以上を占めている。
 
世論調査では、中産階級の価値は独特だ。ワシントンD.C.の、ピュー・グローバル・アティテュード・プロジェクトによる13の新興市場での調査によると、中産階級は一貫して言論の自由と公正な選挙に重きを置いている一方で、貧しい人々は貧困からの自由により関心がある。これらの違いは、衝撃としてはやって来ない。しかし、中産階級が成長するに従って、統治に関する抽象的な考えが、政治の中でより大きな役割を果たすようになるので、それらは問題だ。
 
それは今起こっているように見える。インドの週刊誌オープンの編集者であるマヌ・ジョセフは、ハザレ氏への支持の抵抗運動を「独りよがりの中産階級の蜂起」と呼ぶ。その抵抗が異常に効果的なのは、一部には、それらが中産階級に広く見られているケーブルテレビで四六時中放送されているからだ。デモ参加者の中には、スーツをきたビジネスマンやボリウッドスタートいったインドの新しいブルジョワの象徴はいるが、ドーティをきた農民はほどんどいない。
 
中国の大連は豊かな港町で、中産階級の興隆と長い間結びついてきた。「彼らの政府に対する影響は、普通の人たちのそれより遥かに大きい。」と北京の中国政治科学法学大学のYang Yangは語る。中国の新エリートだけがチケットを買う余裕があるので、高速鉄道は主に中産階級の関心事だ。香港のコラムニストPan Caifuは「この鉄道事故のもっとも直接的な帰結は、中産階級の怒りに火をつけたことだ。」と論ずる。事故に対するメディアの批判の例として、国営のCCTVのアナウンサーがカメラの方を向き、ニュースを読むかわりに古典的な中産階級の不平である批判をまくし立てはじめたことだ。「我々は崩れ落ちないアパートにすむことができるのだろうか?」彼は尋ねた。「我々が町中で走っている道路は崩壊しないのか?」「我々は列車で安全に旅行できるのか?」貧しい人々は町のアパートに住んでいないし、運転もしなければ、高速鉄道で旅行もしない。
 
他の新興市場では、新中産階級の影響はそれほど明白ではない。しかし、チリでは、先週、部分的には中産階級の一般的な懸念である教育に対する公的部門の役割についてのゼネラル・ストライキに苦しめられた。そして、アラブの春の多くの理由の中には、家父長的独裁制は、よく教育されたツイッターを使う社会を運営できないという感覚がある。「一層裕福な人々、新たな機会を求める人々、彼らは中東で政治の新しい言葉を思いついている人たちだ。」と、バラク・オバマ政権の元アドヴァイザーのヴァリ・ナスルは語る。
 
ある意味では、驚きなのは、これが今起こっているのではなく、長い間抱かれてきたということだ。何年間も、新中産階級は、新興国では政治的に穏やかだった。中国では、共産党によって提供される暗黙の社会的契約の結果として、自分たち自身をそのままに保ってきた:あなた方が我々の支配を許せば、我々はあなた方を豊かにする。別の理由では、民主主義の結果も似ている。インドやブラジルの新エリートは(その数のために選挙的にはより重要な)貧困層や、権力や地位を守っている旧エリートのどちらよりも、政治的影響力を持っていない。インドでは、都市中産階級は、地方の貧困層よりも投票数が少ないと言われる。一方、ブラジルのルセフ女史も、その前任者のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァも、その選挙を貧困層の強い支持に負っている。中産階級はまた、概してインド、中国、ブラジルで追求された自由化と現代化の政策は、そのメンバーに利益を与えてきたので、穏やかだった。今まで、彼らのものは静かなる革命だった。
 
新中産階級の行動主義には、一つだけの説明は成り立たない。彼らの数が増えたことを受けて、それは恐らくどこかの地点で起こったのだろう。マイクロブログサーヴィスの拡大は、確かに変化をもたらした。シナ・ウェイボーは、多くは中国の都市中産階級の中に、1.4億人の利用者がいると主張する。彼らは高速鉄道の事故から数日以内に、そのことについて1千万のメッセージを投稿した。新興の巨人は効果を持っていたであろう経済的熱狂のいくらかを最近失った。それは西側のように、仕事と公共サーヴィスを削減することによってではなく、成長礼賛に疑問を呈することによってだった。(中国共産党を含むように見える)何人かの観察者は、無理なようにも見えるが、デモ参加者達がアラブの春を真似ようとしていたかもしれないと心配すらしている。
 
中東諸国の混乱とは対照的に、インドや中国での中産階級の行動主義は、政府を倒すことを狙ったものではない。むしろより狭い懸念が彼らを駆り立てた。不正だ。ハザレ氏は、反不正オンブズマンを立ち上げることを望んだ。鉄道事故は、一部には鉄道省の不正のために、中国の中産階級の怒りを駆り立てた。鉄道大臣の時計コレクションの写真がオンラインに流れ、急速に広まった。別の新興巨人のインドネシアでは、スシロ・バンバン・ユドヨノ大統領にとって最大の問題は、不正撲滅委員会による、3.5億ドル相当の政府契約の調査だ。彼の与党の前会計責任者は、その委員会が彼を自宅留置する令状を得る前日にコロンビアに脱出した。彼はあとで、内部情報で他の高官を暗に示し、今は告発に立ち向かうために戻っている。
 
 
 
反不正から新民主主義へ
 
この不正への注目は、今のところ、中産階級の行動主義は、広い意味での政治的力というよりむしろ、抵抗運動だということを示唆している。それは、政府を改革する試みであって、それを換えるものではない。しかし、それは変わりうる。多くの中所得国では、不正は単なる犯罪以上のものだ。それはまた、説明できない、不透明な、そして非民主的な古い政治手法の産物なのだ。バンガロールの社会経済変化研究所のアシュトシュ・ヴァーシュネイもまた、金持ちのインド人は、自分たちの持っている金が無駄になったためというよりも、自分たちのために清潔な政府が欲しいので、不正に憤慨するのだ、と論ずる。「中産階級は、賄賂なしで政府サーヴィスを得るためにその市民の権利を主張しているのだ。」
 
この状況では、反不正活動は簡単に何かより広いものに変わりうる。新興中産階級は、政治活動をしないだろうと言われてきたものだ。今彼らは「ただ」不正に反対している。どちらの議論も、中産階級勃興の帰結を過小評価している。マルクスが言ったように、ヨーロッパでは、「歴史的に(ブルジョワが)革命的な役割を果たしてきた。」新興市場では、その革命は今では近づいているように見える。
 
 
発行日: 
2011-09-03
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