放射能難民 - 震災後の日本

 

福島核災害の被害者に取り組む新たな考え
 
福島県の放棄された村で紫のあやめが咲いている小さな小川とその谷は、ほほ笑みの通路と呼ばれる。手書きの木製看板は、上の「山の神」からの竹樋を流れる水を飲むよう訪問者を促す。その効果は、ガイガー・カウンターの叫びによって無駄になる。その神聖な水は、周りの村の動植物と同じように、セシウム137が混ざっている。向かいの家の窓に張られたのは、短い詩だ。それは、反抗的な調子で、災害に襲われた近くの福島原子力発電所の持ち主、東京電力(東電)をあざける。一つはとても俳句のようだ。「仮設住宅の中で泣いている。ありがとう、東電。」
 
津波と核事故以来15か月がたち、見えない放射線によって家を追われた10万人かそこらの人々の多くの避難の痛みは続いている。その発電所の周りの20キロの避難区域の端に住む反核の詩人若松丈太郎は、4人の地元の人の死によって触発された詩を書いている。その中には、遺書で彼女が今避難したいところは墓場だけだと言って首を吊った93歳の女性もいた。
 
ほとんどの避難民は、東電の補償金で支払っている借家か、布団、テレビ、そして冷蔵庫が入るくらいの大きさの仮設住宅のどちらかに住んでいる。仮設住宅がある街の中でさえも、放射線レヴェルは標準的な国際上限を超える。親たちは、その子供たちの健康について心配したままだ。
 
4月に、政府は、年間放射線量が20ミリシーベルト(msv)以下の地域は、住民が一晩過ごさないのならば訪れても安全だとして、閉鎖地域のいくつかの村の制限を緩和した。しかし、その効果は、今のところ、じらされている。
 
村人は、土壌除染作業にもかかわらず、年間20msvを超える放射線のホットスポットが、依然として存在すると語る。(微笑みの通路では、ガイガー・カウンターは、年間100msvを超える値を計測する。)水供給の多くが機能していない。依然として多くの地震や津波のがれきがあるが、それが放射線に汚染されているために、廃棄することができない。最も悪いことは、そこには仕事がないのだ。農民は稲を植えることができず、漁師は魚を取ることができない。
 
実は、避難民の間での一つの共通した不平は、政府の全体としての除染作業が、注意をそらせるためのものだということだ。それは、彼らの問題解決をとてもはるか将来に押しやるので、それまでに彼らの子供たちは新しい学校になじみすぎてしまって、家に帰ることができなくなるのだ。彼らの共同体は散り散りになり、忘れ去られるだろう。
 
しかしながら、新たな考え方のヒントが、避難民にとって少しの望みを提供するかもしれない。政府の新たな復興庁の安東義雄は、既存の自治体の隣に仮設の町が建設されるかもしれない、と語った。この中には、発電所のもっとも近くにある双葉、大熊、浪江、そして富岡の4つの町の元住民が入るだろう。これらの仮設町は、自分たちの学校、店、そして設備を持つだろう。それは、少なくとも共同体が崩壊することを防ぐだろう、と彼は語った。
 
地方税がどのように集められ、支払われるべきか、といった、そのような計画のもとにあるたくさんの障害が克服されなければならないだろう。しかし、解決法を見つけることができるかどうかを見るために、それを採用するかもしれない避難している共同体の間や町の中で、調査が行われている。地元の人たちはその考えが好きだが、依然として疑っているものもいる。「それは絵に描いた餅のようなものだ。」今では海からはるか離れた小さな仮設住宅に住んでいる元浪江町の高齢の漁師、カノヤモリヒサは語る。けれども、復興が本当についに始まっているという兆候だと、明らかにためらいがちに、最初に見ているものもいる。
 
 
発行日: 
2012-06-09
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