いつも一緒にいるわけではない - 貧困

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世界は、2030年までに10億の人々を極貧から救い出す驚くべき可能性を持っている

2000年9月に、147の政府の元首たちは、1990年の貧困線を基本線として使って、2015年までに地球上の最もひどい貧困で生活する人々の割合を半分にするということを約束した。それは、国連の「ミレニアム開発目標(MDGs)」に祀られた最初の立派な狙いの嘆願だった。妊産婦死亡率を3/4、そして乳幼児死亡率を2/3削減するといったこれらの狙いの多くは、達成されていない。しかし、貧困半減の目標はされている。まったく、それは5年早く達成されたのだ。1990年に、発展途上国の人口の43%が(当時1日1ドルでの生活だと定義されていた)極貧状態で生活していた。その絶対数は19億人だった。2000年までに、その割合は1/3下がった。2010年にはそれは21%(または12億人。購買力の違いで調整した2005年の価格で15の最貧国の自分たちの貧困線は当時1.25ドルだった)だった。地球規模の貧困率は20年で半減されたのだ。

それはある明白な疑問を提示する。もし極貧が過去20年間で半減されることができたのならば、なぜ次の20年で更なる半分を取り除かないのだろうか?2010年に21%が可能だったのならば、なぜ2030年に1%が可能にならないのだろうか?

実際なぜなのか?4月のワシントンD.C.での国際金融機関の春の会議中の記者会見で、世界銀行総裁のジム・ヨン・キムは用紙の上に「2030」の数字を走り書きして、上に掲げ、発表した。「これだ。これが貧困を終わらせるための地球規模の目標だ。」彼は、2月に「合衆国が今後20年間でそのような極貧を根絶するための同盟に参加するだろう」と約束したバラク・オバマにこだました。

今週、その目標は、世界中での政策の狙いとしての公式な保証に向けて第一歩を踏み出した。英国、インドネシア、そしてリベリアの指導者たちが、国連に2015年後のMDGsの一覧を推薦することになっている。2030年までに極貧を終わらせるための約束が先頭に立つだろう。

正確に何が貧困に数えられ、それを測るのにどうするのが最善かについてのたくさんの議論がある。しかし、どのように測っても、1日1.25ドルの貧困の根絶は驚くべき成果だろう。歴史を通して、ひどい貧困は人類の多数の基礎的条件だった。人口統計学を始めた英国の聖職者トマス・マルサスは、1978年に、人々に「彼ら自身とその家族たちに生活手段を提供することについて何も心配を感じさせない」のは不可能で、「人類の大部分についてのほぼ絶え間ない悲劇の行動を防ぐことのできるありうべき社会の形態はない」と書いた。ほとんどの時代において、貧困は問題ですらなかった。それは、明白な、変えられない事実だったのだ。

極貧を根絶することはまた、政治家がそれを成し遂げることを約束し失敗した多くの事例を考えると、注目すべきことでもあるだろう。「我々は、貧困の歴史を作るための歴史的な機会を今年持っている。」2005年に当時の英国首相トニー・ブレアは語った。その3年前に、南アフリカ大統領ターボ・ムベキは、「人類史上初めて、社会が貧困を撲滅するための能力、知識、そして資源を持っている」と語った。更にさかのぼると、「我々の歴史上初めて、貧困を征服することが可能だ」とリンドン・ジョンソンは言った。それは1964年のことだった。もしキム氏の紙片がもう一つの空虚な約束にならないようにするのならば、多くが変わらなければならない。

だから、世界が一世代で極貧を終わらせることができると考えるのは、どれほど現実的なのだろうか?この目標を達成することは、1990-2010年に成し遂げられた貧困率の毎年1ポイントの削減を、さらに20年維持することを意味するだろう。それは難しいだろう。二番目の10億人を貧困から救うことは、最初の10億人よりも難しいだろう。しかし、それはなされうる。世界は貧困を多く削減しているだけではなく、いかにそうするかについて多く学んでいる。貧困は、ゼロにはできないにしても、減らすことができる。しかし、それが起こるためには多くのことが正しく進まなければならない。
 

成長が貧困を減らす

1990-2010年の間に、世界的な貧困削減の裏の駆動力は成長だった。過去10年にわたって、発展途上諸国は年に約6%そのGDPを押し上げ、それは1960-90年よりも1.5ポイント多かった。これは、1930年代以来の最悪の経済危機にもかかわらず起こった。貧しい人々の数が最も多い三つの地域はみな、その景気後退の後の強いGDPの増加を示した。東アジアで年に8%、南アジアの7%、アフリカの5%だ。大まかな指針として、一人あたりのGDP増加1%につき、貧困は約1.7%削減される。

けれども、GDPは必ずしも生活水準と貧困削減を最もよく測るものではない。ふつう、調査に基づいた家計消費を見る方が良い。最近まで世界銀行の調査部長だったマーティン・ラヴァリオンは、125の発展途上国で900のそのような調査を行った。これらは、発展途上国での消費が1980年以来年に2%を少し下回る速さで成長していることを示す、と彼は結論付けた。しかし、それは2000年以来急増している。その前伊には、年成長は0.9%で、そのあとにはその率は4.3%に跳ね上がったのだ。

成長だけでは、貧困が少なくなったことを保証しない。所得分配も問題になる。ある推計によると、貧困の下落の2/3が成長の結果だ。1/3は平等の拡大から来た。より平等な国は不平等なものよりも貧困を大きくそして速く削減したのだ。ラヴァリオン氏は、所得の1%の増加は、最も不平等な国で貧困を0.6%削減したが、もっとも平等な国では4.3%削減した、と計算する。

貧困を最も削減した国は、1980年にはどこよりも多くの貧しい人々を持っていた中国だった。中国は所得不平等が大きく拡大したが、それよりも大きく成長した。1981-2010年の間に、それは驚くべき6.8億人を貧困から引き上げ、その数字はラテンアメリカの現在の総人口よりも大きい。これは、その貧困率を1980年の84%から現在の約10%まで減らした。中国だけで過去30年間の世界の極貧の総減少の3/4を占めている。

それほどよく認識されていないことは、貧困削減の最近の物語はすべてが中国ではないということだ。1980-2000年の中国以外の発展途上国の成長は、年に0.6%だった。2000-10年に、その率は3.8%に上がり、中国を含んでも似たような傾向だった。ラヴァリオン氏は、中国以外での2000年からの成長の加速は、極貧者の数を2.8億人減らしていると計算する。

これは続くことができるのか?そしてもしそうならばそれは2030年までに極貧を根絶するのか?

貧困を削減し続けるためには、成長は現在の率程度に維持されなければならないだろう。ほとんどの予測者は、ヨーロッパの問題があふれ、世界経済を傷つけうるけれども、それが起こると期待している。そのような長期予測は、信頼できないことは避けられないが、2つの広い傾向が楽観的な説明を幾分妥当なものにしている。一つは、急成長する発展途上国がよりお互いに貿易しており、彼らを先進国からの衝撃にかつてよりも耐久力があるようにしている。もう一つの傾向は、貧しい人々の数が最大の2つの地域、インドとアフリカが、扶養する子供や高齢者の数と比較して労働年齢人口が拡大をしているということだ。そうだとしても、国々は、第二段階の進歩を第一段階よりもゆっくりにしうる収穫逓減の問題に潜在的に直面している。

今のところ、収穫が実際に逓減しているという兆候は何もない。貧困率は、過去30年間がっしりとした年に1%の下落をしており、2005年以来下がっていない。しかし、習核の提言は二つの理由で起こりうる。ある国での貧困がとても低い水準に落ちるとき、わずかに残った貧しい人々は到達するのが最も難しい。そして、地球規模では、中国のような国々でより多くの人々が中産階級になるにつれて、貧困は今までほとんど貧困削減をしていない脆弱国家や失敗国家に集中するようになる。
 

最も甘い点

ワシントンD.C.のシンクタンクブルッキングス研究所の研究の中で、ローレンス・シャンディ、ナターシャ・レドリー、そしてヴェロニカ・ペンシャコヴァは、発展途上国での消費の分布(どれだけの人が1日1ドル、2ドル…と消費しているか)を調べる。彼らは、それがいかに経時的に変わっており、それが将来どのように変わるだろうかを示す。表にされたその分布は、前にピークがあり後ろに長い尻尾を持つ防火ヘルメットのように見える。1990年に、所得が全くない人々はほとんどおらず、貧困線のすぐ下にピークがあり、それから豊かな仲間の長い尻尾が右に伸びていた。

国々が豊かになるにつれて、そのヘルメットは右に動き、家計消費の増加を反映した。その率が早ければ、より右までその線は動く。だから、2000年以降の年に4.3%の強い消費の成長は、その線をかなり右に動かしている。

しかし、その線の形もまた重要だ。その表は、1990年と2000年に、その頂点が少しだけ貧困線の左に動いたことを示す。その形が右に動くとき、ピークの一区画が貧困の印の逆側に移る。これは、1990-2010年尾間に貧困から逃れた人が増えたことを示す。

今のところ、世界は独特の最適点にある。1.25ドルの消費水準の人々は、他のどの消費段階よりも多くいる。これは、成長が、他のどの消費水準を超えるよりも、国際的な貧困線を越える人々が多くなる結果となっていることを意味する。これが、なぜ成長が依然として貧困の大きな下落を生み出しているかの大きな理由だ。

しかし、国が成長し続けるにつれて、そしてその線が右に引っ張られ続けるにつれて、物事は変わり始める。今、ピークは平らになり始めている。シャンディ氏によれば、2010年に、8,500万人の人々が貧困線上かそのすぐ下の水準(1日1.20-1.25ドルの消費水準)で生活していた。もし貧困がその傾向率で下がれば、1日1.20-1.25ドルの水準で生活する人々の数もまた下がる。2020年に5,600万人に、そして2030年には2,800万人にだ。

これはもちろん良いニュースだ。貧しい人々の数が少なくなるのだ。しかし、それは、たとえ消費が急成長し続けても貧困削減率が減速しなければならないことを意味する。シャンディ氏が言うように、成長が屋根を突破することなしに、「その線を越える準備ができているより個人が少なくなるので、貧困削減の傾向率を維持することは不可能だ。」 

だから、実際には、収穫逓減はどのような影響を持つのだろうか?シャンディ、ラヴァリオン両氏は、どれだけの家計消費の異なった率が貧困削減に意味を持つか、そしてどれだけの家計所得が極貧根絶を増やすのに必要かを計算することによって、それに答えようとする。

ラヴェリオン氏は楽観的な予測を提供する。もし発展途上国が2000年以降の成績を維持するのならば、世界の極貧の人々の数は2010年の12億人から2017年にはたった2億人に下がるだろう、と彼は語る。

これは、著しい成果だろう。絶対貧困者数を1990年の19億人から(半分に満たない減少である)2010年の12億人に減らすのに20年かかった。ラヴェリオン氏の予測では、17年間で12億人を貧困から引き上げ、それはその数のほぼ半減を(2012-22年の)たった10年間ですることを伴う。

しかし、この予測ですらも、貧困ゼロには到達しない。2億人の貧者数は、3%を少し超える貧困率を意味する。ゼロにするためには、更に印象的な何かが必要だろう。ラヴェリオン氏は、2027年までに1%の貧困率に到達するためには、年に7.6%の家計消費の増加が必要だろうと推計する。それは非現実的に高い水準だ。
 

ごちそうの数滴

シャンディ氏とその共著者たちも似たような結果に到達する。彼らは、エコノミスト・インテリジェンス・ユニットによる消費予測に基づいて貧困下落の予測をする。もし成長が予測よりも2ポイント良ければ、貧困率は3%を少し超えるところだろう。もし2ポイント悪ければ、それは大きな失望であるほぼ10%だろう。もし国内での所得分配が革新的に良くなったり悪くなったりすれば(すなわち、もし最貧の40%が上位10%よりもよくまたは悪く分配されること)、結果の範囲は成長が高かったり低かったりした時と同じだろう。そしてもしこれらの変数すべてを結びつければ、その範囲は実に広く、(より低い成長、より大きな不平等で)悲劇的な15%の成長率から(より高い成長、より少ない不平等で)驚くべき1.4%になる。

これらの演習から二つの結論があらわれる。一つ目は、結果の範囲が広く、貧困根絶への見通しが不確かなことを意味することだ。その範囲はまた対称的でもなく、成功の望みよりも失敗のリスクの方が大きいことを示唆する。誰も貧困ゼロを予測していないこともまた目立つ。もしそれが2015年以降の目標としてとられたならば、それは失敗するだろう。しかしながら、率を3%に減らすことは10億人の人々を貧困から引き上げ、十分に注目すべきことだろう。最善の場合、地球規模の貧困率は1%を少し超えるところまでまたはたった7億人まで下がる。それは驚くべきことだろう。これらの水準に到達するために、成長の押上げや所得不平等の改善だけに頼ることはできない、とその研究は示唆する。両方が必要なのだ。

二つ目に、貧困の地理学が変わっているということだ。中国は、貧困線より上の人々の数がそれ以下の人々の数を上回る点を数年前に越えた。2020年までに、1日1.25ドル以下しか消費しないところに残された中国人はほとんどいなくなるだろう。誰もが貧困から抜け出すのだ。中国は貧困の削減の本の第1章を書いたが、その章はほとんど終わった。

次はインドについてだろう。インドは発展途上世界全体の鏡となっている。成長は、今後10年間で1.25ドルの壁を突破するインド人の波を押すだろう。その亜大陸は今後10年で貧困削減の最大の増加を生み出すことができる(それが現在のインドの減速が心配すべき理由である)。けれども、そのあとで、継続する成長は、貧しいインド人よりも比較的裕福なインド人に利益をもたらすだろう。

最終章はアフリカについてだ。サブサハラアフリカだけが、貧困線以下の多数の人々がいるだろう。不幸なことに、彼らは現在そこからあまりに下にいる。アフリカの最貧の人々の平均消費は1日たった約70セントで、20年前とほとんど変わらない。6つの最貧国では、それは1日たった50セントに下がる。その大陸は、各10年間で大きな一歩を踏み出している。しかし、さらに20年そのような前進が続いても、残った何百万人もの人々を貧困から出すことはできないだろう。現在の成長率で、アフリカ人の1/4は2030年に依然として1日1.25ドル以下しか消費しないだろう。アフリカの貧困率の不相応な下落はそのあとになるまで起こらないだろう。
 

ボノを歴史にする

貧困削減の記録は援助に深遠な示唆を持つ。開発目標を設定する主要目的の一つは、支援者に要望リストを与え、彼らを説得してより多くの資源をそのリストの中のものに注がせることだ。これは幾つかの分野で役立っているかもしれないが、援助が貧困半減に多くのことをしていると論ずるのは難しい。多くの下落は、MDGsを無視した中国で起こった。せいぜい、援助とMDGsは限界的なものだった。

貧困の地理学の変化は、今後20年間で異なった援助問題を提出するだろう。シャンディ氏によれば、2030年までに世界の貧困者の2/3は、(コンゴやソマリアのような)現在「脆弱」とされている国に住んでいることになる。残りの多くは中所得国にいるだろう。これは、支援者に二重のジレンマを提示する。中所得国は本当に援助を必要としているわけではない。一方脆弱国家はそれを正しく使うことができない。貧困な劇的な下落は、公的援助の再考を必要とする。

しかし、援助、アフリカ、そして最後の10億人の手に負えなさといったすべての問題は、貧困削減についての大きな点を覆い隠さない。それは、かなり積極的な物語で、更にそうなりうる。社会的問題として、貧困は変わっている。幾分かは新技術のおかげで、貧しい人々はもはや無差別の大衆ではない。身元確認計画は十分に大きくなっている(インドは多数の生体認証のスマートカードを発行している)ので、諸国はその貧困を文字通り名前で知り始めている。それはひいては社会計画をよりよく目標づけ、研究し、改善されることができるようにする。メキシコのオポチュニダーデスやブラジルのボルサ・ファミリアのような条件付き資金移転計画はこれらの国々で極貧をほとんど根絶している。

貧困者の数がさらに減るにつれて、目標が少なくなるだけではなく、彼らを助ける費用もほとんどわずかな水準に下げる。2億人の人々を貧困線の上に引き上げるには、たぶん年に5,000万ドルの費用がかかるだろう。それは、一人のスターサッカー選手の費用よりも少ない。もちろん、他の型の貧困がある。いくかの国や場所での問題は手におえないままで、異なった政策をかなり必要とするかもしれない。そして、1日1.26ドルは依然として少額だ。

しかし、根本的な何かは変わっている。貧困は欠乏の反映だったものだ。今、それは認証、目標づけ、そして分配の問題だ。そして、それは解決されうる問題だ。
 

発行日: 
2013-06-01
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