公平じゃない! - 心理学

 

「公平ではない」と何かが認知されるのは正確にいつなのか?
 
銀行ギャング現象が雄弁に描き出すように、人類は不正義に非常に敏感だ。多くの人々が、金融トレーダーの天文学的な、そして銀行の頭取の宇宙論的な所得にすら、それらの給料が誠実な労働によって労働によって稼がれたものだと考えた時には、渋々我慢した。今、それに反するあまりに多くの例が現れているので、その寛容さは消え去っている。
 
しかしながら、驚くべきことに、不正義の感覚の心理学的な基礎は、特にたとえ処罰者を犠牲にしてでも何が犯罪者を罰しようとする意志の引き金を引くか、ということは、しっかりと打ち立てられていない。しかし、バイオロジー・レター誌に発表されたロンドン大学のニコラ・ライハニとハーヴァードのキャサリン・マカウリフによる最近の実験は、その問題をほぐそうと試みている。
 
ライハニ博士とマカウリフ女史は、二つの競合する仮説を試した。一つは、罰する欲求は犯罪に対する単純な復讐だというものだ。もう一つは、それが、特に犯罪者がその犠牲者よりも良くなっているかどうかといったその犯罪の帰結に関わるものだというものだ。
 
最近まで、そのような計画への協力者について学部生に宣伝するという誘惑があった。代わりにライハニ博士とマカウリフ女史は、心理学における新しい流行に従い、その実験台になる人をメカニカル・トゥルクと呼ばれる仕組みを通して人を集めることを決めた。大インターネット会社のアマゾンによって運営されているこの仕組みは、(ターカーズとして知られる)それに登録した人々に、ほかの人のために仕事をすることに対して少額のお金を払う。それにより、その二人の研究者は、平均的な学生組織から得られただろう物よりも多くの協力者(560人)を集めただけではなく、これらの協力者のプロフィールを学内を超えそして21歳を超えて広げた。
 
ライハニ博士とマカウリフ女史はそのターカーズたちにゲームをするよう頼んだ。その中で、その協力者たちは、ペアになり、少額の金を与えられた。ペアの片方のメンバーはもう一人から事前に決められた額をとるかどうかを選ぶことができた。そのあとで、もう一人は、ある費用を支払ってその相手をさらに大規模に貧しくさせることができた。
 
最初のプレーヤーは、10セント、30セントまたは70セントを受け取ったかもしれない。その人は、それから、相手のプレーヤーの20セントをとることを許された。最後に相手のプレーヤーは最初のプレーヤーの合計を30セント減らすことができたが、自分も10セント支払わなければならなかった。つまり、彼はそうすることによって自身もお金を失ったのだ。
 
そのゲームの重要な点は、どの三つの場合でも、もし最初の人が彼からお金を取ることを選択したら、二番目の人は同じ絶対的損失を被るということだ。つまり、その攻撃は、等しいのだ。しかし、そのゲームの最初の版では、もし彼が報復しなかったら、有利なままで(50セント対30セント)、二回目には同じになり(50セント対50セント)、三度目には彼は最後には損をする(50セント対90セント)。
 
結果は、最初の二つの場合では、二番目の人の約15%が、もしお金を取ることができるのならば、復讐をすることを選んだ。これは、ゲームのすべての3つの版で、(ルールによって許された行動だった)お金をとられていなくても「復讐した」人の数は、多かれ少なかれ同じだった。けれども、三つ目の版では、40%以上の2番目のプレーヤーが、お金を取られた時に復讐した。たとえ結果が依然として最初のプレーヤーが60セントと二番目のプレーヤーが40セントで、最初の方が有利であったとしてもだ。
 
表面上は、この結果は、本当に人々の怒りを呼ぶものは、お金を取られたこととはそれほど関係せず、お金をとった人が犠牲者よりも豊かになったやり方とかかわることを示唆する。それははっきりとさらなる調査を生む。例えば、最初のプレーヤーが二番目のものよりもゲームを豊かな形で始めた場合を見る、といったことだ。けれども、そのような少額の金でさえも復讐の考えを惹き起こすというのは興味深い。これに照らせば、天文学的に支払われた銀行家を待つ運命は、特にいやなものになりうる。
 
 
発行日: 
2012-07-21
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