消費税再論1

先日、フェイスブックのシェリル・サンドバーグが来日して、女性の社会参加の困難さについていろいろメッセージを発していた。女性の社会進出が多少は進んでいると思われるアメリカでさえもそのような状況ならば、日本ではもっと男は仕事、女は家庭、の役割分担が深く社会にビルトインされていることだろう。それがいいのか悪いのかの価値判断は置くとして、事実としてそういう社会構造にあるときに、生活に課税する消費税というのはどういう意味を持つのだろうか?多くの家庭において、男性が稼ぎ、女性が家庭を守るという現実がある中において、たとえ財政再建が果たされて経済状況が改善し、家計の所得が3%上がったとしても、それは消費税の増税によって帳消しになる。その際に、家庭内のパワーバランスはいったいどうなるのだろうか?男性が給料が上がったといって意気揚々と帰宅し、女性は支出が増えたとして肩身の狭い思いをする。実態としては何も変わっていないのに、パワーバランスは男性優位に働くのではないだろうか?

例えば、北欧のように、男性の家事への参加がある程度平等に行われている国においては、生活への課税は、このパワーバランスの観点だけでいえば正当性を持ちうるのかもしれない。しかし、日本のように異なった社会構造を持ち、かつ、(例えば、これも善悪の価値判断は置くとして、事実として雇用規制の緩和などを行えばおそらく企業側のグリップはさらに強くなり男性の家事参加はますますしにくくなり、一方で女性の3年産休や指導的地位への数値目標などというのはスーパーウーマンに依存しきった政策であり、まったく是正策になっていない)それを積極的に是正しようとしない状態で、生活への課税を強化するというのは、明らかにジェンダー差別的な税制だと言わざるを得ないのではないだろうか?

サンドバーグも言っていたように、女性はそれが不利だと認識していても、やはり奥ゆかしくてなかなか言えないという部分があるのではないだろうか。そこに付け込んで、財政再建の正義の御旗を振りかざして差別的な税制でさらにギャップを広げるのは、いかがなものだろう。

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