我が国民のためにより多くを - アフリカの資源民族主義

 

鉱業は好況に沸くが、利益を浪費する危険にさらされているアフリカの政府もある
 
ザンビアのコッパーベルトは歓喜に満ちた雰囲気にある。去年、鉱業産出と価格は、地元のバーの売上げや高級車と同じように、史上最高に達した。採掘をするのに十分な資本と経験を持っている外国企業は生産を増やしている。一方で、政府は鉱業への課税を強化した。追加で得られた資金はより必要とされる道路、病院、そして発電所の建設に使われるだろう。
 
ザンビアは、外資が経営する鉱山からの利益のより多くのシェアを取ると決めた多くのアフリカ政府のうちの一つだ。ガーナから南アフリカまでに渡る国々で、ポピュリスト政治家が、外資採鉱者の利益に対する解禁期を宣言している。いくつかの場合、会社は多かれ少なかれ愛想よく高い税率を受け入れた。他の場所では、彼らは没収の脅しに憤慨させられた。
 
しばしば多国籍企業による植民地的搾取の主張を伴う、資源民族主義についてなにも新しいことはない。過去には、それはほとんどが石油会社に焦点を当てており、反市場イデオロギーに駆られていた。新しい資源民族主義者は、しかしながら、資本主義を採用し、産業を変えてきた。自分たちで資源を採掘するのによりよい仕事ができると考えている政府はほとんど無い。彼らはただ、採掘を許した者からより多くの支払いを欲しているだけだ。
 
そして間違いなくそうだ。地元の人々やその指導者たちに属している鉱物の富は、長期にわたって最大の収益を取り出したときにのみ、その仕事をする。しかし彼らはそれを分別を持ってしなければならない。ザンビアの政府は、増税の前に、詳細を教え持続可能なもの以上なことをしない、と会社に知らせた。ボツワナは鉱物ゲームをうまくやった他の国の例だ。特にダイヤモンドの巨人であるデビアスとの関係でうまくやった。ダイヤモンドは政府収入の半分を占め、ボツワナ人は今では一人あたりの所得でアフリカで最も豊かな国の一つだ。
 
しかし、他のアフリカ諸国は下手を打っている。最も粗い例は、言うまでも無く、ジンバブエだ。そこでは、ロバート・ムガベのとりまきが、白人所有の農場を横取りすることから、外国の採鉱会社を差し押さえることまで、最初は合理的な10%の持分から始め、すぐに51%やおそらくそれ以上に挙げるという形で、進めている。その富がジンバブエの人々の下に行っているという兆しはほとんど無い。それほど露骨ではない例もあるが、彼らは依然として採鉱者たちに恣意的なルール変更に従うようさせている。企業は突然何の産業経験も無い地元の人々との提携を強いられるのだ。民間鉱業が長い歴史を持つ南アフリカでは、政府が計画的国有化の階級の話を閉じるのに著しく失敗した。
 
投資の影響は破壊的だ。近代的な鉱山を建設するのには、何十億ドルもの金と数十年の期間がかかる。事業環境が全く予測できない国に投資しようという企業はほとんど無い。リスクを取る覚悟がある人々は、カウボーイのたぐいである可能性が高い。彼らはほんの数年だけとどまり、できるだけ早くぶんどる。彼らの関心は、時間を買うために十分な地元の高官を買収することだ。多く(だが決してすべてではない)のこれらの企業は、中国人採鉱者に汚名を着せる中国企業だ。
 
 
 
勝利のために掘る
 
政府への一つの教訓は戦術的だ。採鉱者に公平な取引を提案するのが、実際には、金庫にロイヤリティを詰め込む最善の方法だ。鉱業には長期的なパートナーが必要なので、過剰な利益追求は最終的には少ない利益を意味する。しかし、そこにはまた哲学的な教訓がある。鉱物は国の長期的な遺産だ。富鉱帯からの金は社会資本や他の長期的投資に使われて当然だ。より進んだ国は、少なくとも収益の一部をその国民のために(様々なエネルギーが豊かな国々がしてきたように)長期的投資基金に入れることを目指すべきだ。ナイジェリアは最近その石油資金をそのような計画に使うと発表した。
 
そして採鉱企業は役に立つ。彼らはその産業により多くの透明性を求める西側の努力を支持すべきだ。これは、少なくともカウボーイの何人かを追い払い、競争をより開かれたものにするだろう。保安官の味方をするときだ。
 
 
発行日: 
2012-02-11
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