エコノミスト誌 第3の産業革命を読んで

大きな流れと、政府の役割については基本的には合意できる。その中で、日本から見るともう少し違った光景が見えることをいくつか指摘しておきたい。

一つ目は、本記事は、製造業の時代は終わったという感じで書いているが、あくまでもそれは大規模大量生産型が終わったという話であり、製造業自体は、(おそらく日本においては)サーヴィスや金融よりも下に行くことはまずないだろうと思われることだ。これは時代遅れだとか、そういった議論ではなく、すみわけの話で、アングロサクソン系が金融や情報サーヴィスにおいて圧倒的な力を持っているのは疑いもない事実であり、そこをただ追いかけて勝ち目のない戦を挑むのはあまりに愚かしく、日本は日本のやり方で新たな時代に適応していくほうが良いのだろうと思うということを言っているだけだ。言葉にするのは非常に難しいところだが、ロマンティックな信念ではなく、現実的に選びうる選択肢は、日本にとっては結局製造業の強化しかないのだろうと思うのだ。

次いで、とはいっても大量生産型の製造業の時代が終わるのは間違いのないところで、それにどう対応していくのか、という問題になるのだが、それにしても、私の個人的な感覚では、日本の製造業は割と適応しようとしてきたのだと思っている。いわゆるガラバゴス化、というのは、まさに顧客にきめ細かくつくしたサーヴィス型の製造業の典型とでもいうべきもので、むしろ時代を先取りしていたといってもいいくらいだろう。これが結果としてうまくいかなかったのは、日本市場だけにとどまるにはあまりに大きすぎ、かといって世界市場で戦うにはあまりに小さすぎる企業が横並びでこれを行ってしまったということであり、それぞれの市場サイズに合わせた企業がいくつかずつあればこのようなことにはならなかったのだろうという気がする。たぶん、日本企業は、そういったポジショニングというのが非常に苦手なのだろうという気がする。横の会社と同じならば安心だが、違うことをやるのが不安なのだろう。このマインドとどのように折り合いをつけるべきかはなかなか私には答えは見つからないが、少なくとも横並びを目指すのならば、国内での横並びではなく海外の最大手をマーキングしなければならないし、かといってそのために政府主導で業界をまとめ、ほかの会社をすべて犠牲にしてでもナショナルチャンピオンを作るというやり方もうまくいかないだろう。要するに、世界で戦う、という人たちも、国内でひたすらニッチをやるという人たちも、お互いにお互いの立場を認めてそのやり方を尊重しつつ、自分の分野では負けないというプライドをそれぞれが持ってやっていくしかないのだろう。

最後に、マーケットオリエンテッドの時代が来るのも、おそらくトレンドであり、それに対応した制度を作っていくというのも大事なことなのだろうと思うことだ。あまり自分の主張を出すのもどうかとは思うが、端的に言ってしまえば、マーケットを豊かにすることが大事になる時代にどのような税制がふさわしいのか、というのはしっかりと考えるべきだろう。マーケットの近くに会社が集まってくる時代に、マーケットを殺すような税制を敷くことが本当に経済の活性化につながるのか、という点はしっかりと議論すべきだ。それを含め、価値を生み出すというのは、生産にしろ消費にしろ、要するに面白いことを思いつくということであり、そのどちらが上位に来るといったようなことではない。その価値創造を促進するような仕組みを、税制も含め長期的にどのように組んでいくのかということは考えていった方が良いと、私は考える。

時代の流れは押さえながらも、その中で自分たちはどのように生きていくのか、ということを考えながらやっていくのが大事なことなのだろうと感じた。

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