アンデス・コネクション - ペルーの地域開発

距離を減らし、貧困を下げる

ペルーの高地は長い間南アメリカの貧困者の大きな集中地の一つを守ってきた。これは、1970年代に大きな階級を廃止した抜本的な農地改革の後ですらも持続した。この世俗の停滞の説明は、(アメリカ土着民の「怠惰さ」のせいにする)人種差別主義者から、経済学者の間にはびこる高地小作農は安い輸入品とやりあえないという考えにまでわたる。しかし、ペルー中央銀行の元総裁リチャード・ウェッブは、アンデス高地の貧困のもっとも重要な説明の一つは、地理的な孤立で、これは急速に縮小している、と新しい研究の中で論ずる。

家計調査からのデータは、家族労働生産性と村落の大きさとの間の相関を示す。平均して、生産性は地方と小さな町との間で倍になり、首都のリマではさらに倍になるのだ。学校や診療所といった公共サーヴィスへの接続もまた、村落の大きさとともに増す。これは、なぜ何百万ものアンデス農民が、過去80年間にわたってペルーの太平洋岸に移民してきているかを説明する。

しかし、ウェッブ氏がアンデスの最も離れた州のうち5つを訪れた時、彼は、新しい市場、(バイク、タクシー、ヴァンといった)たくさんの交通、そして点滴灌漑や農業機械を含んだ現代的農業技術といった、予期しないダイナミズムの兆しを見つけた。多くの地元民は一つ以上の職業を持っており、農地を手入れする一方で地元の町で働き、しばしば両方の場所に家を持っている。

最貧地域の176の地方地区の現地役人の調査は、二つの大きな変化を明らかにした。一つ目に、2001-11年に、農場労働者の日当は実質で平均73%上がり、1ヘクタールの農地価格は88%上がり、現地の町の家の価格は166%上がった。二つ目に、同じ期間に、最も近い都市への旅行時間はほとんど9時間から4時間半を少し切るまでに下がった。それは、1990年代に始まった道路建設と改善の爆発のおかげだった。この多くは田舎の道路を伴った。ペルーのアスファルト舗装の高速道路網もまた、1995-2011年の間に年に550キロ広がり、それ以前の四半世紀の年にたった140キロから上がった。携帯電話技術のおかげで、田舎の人々の間の携帯電話の所有率は跳ね上がり、2004年に2%だったものが2011年には54%になった。

ウェッブ氏は、1994年以来、一人あたりの地方の所得は、(都市部での2.8%に比較して)実質で年平均7.2%上がっていると推計する。彼らの間で、所得の上昇とより良い接続は、結局ペルー地方部の根本的な変革になっている。その研究は、その二つが密接に関連していることを示唆する。それは、より貧しいラテンアメリカの地方部の社会資本への投資を増加する知恵を指し示す。アンデスの道路は荒廃や土砂崩れに脆弱で、活発な維持管理を必要とし、そして旅行時間を更に減らす余地がある。明白に、小作農は、市場経済に接続することから来る機会に対して、他の誰かと同じくらい想像的に反応するのだ。
 

発行日: 
2013-04-13
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