オーストラリアの支配 - ソロモン諸島

穏やかに成功した介入の10年

全ての外国の冒険が失敗する運命にあるわけではない。7月24日は、1,000近くの島がある離れた太平洋の群島への、オーストラリアが率いた介入であるソロモン諸島地域支援ミッション(RAMSI)の10回目の記念日だ。兵士たちは、素早く敵対する民兵集団を武装解除しその銃のほとんどを破壊した太平洋諸島フォーラムによる努力の一部として、展開された。

それ以来ほとんどの間、2006年4月の暴動を鎮めるために少し展開されたこと以外には、その平和維持部隊は注目を浴びていない。RAMSIは、公的金融を回復し、闘士を起訴し、警察を再構築することを狙った、主として文民の組織になっている。いま、その使命は徐々に終わっている。軍事部門は7月1日に終わり、ほとんどの他の助けは、オーストラリアとニュージーランドからの援助機関に率いられた2国間の枠組みに変わるだろう。

RAMSIは残り、主としてより良い警察を作り出すことに働く。王立ソロモン諸島警察は、内戦中に深く評判が傷つけられ、2000年6月のクーデターに関わった。多くの高官は、それ以来退職したか首を切られたが、その評判はひどいままだ。対照的に、主にオーストラリアの警察官で構成されたRAMSIの警察力は、良い評判を受けている。もし彼らが外れれば、問題は戻ってくるかもしれない。

10周年への出席者の中には、ニュージーランド首相のジョン・ケイとオーストラリアの外務大臣ボブ・カーを含んだ、太平洋諸島フォーラムの指導者たちがいるだろう。有名な欠席者は、フィジーのフランク・バイニマラマだ。彼の2006年のクーデターはフィジーを太平洋諸島フォーラムから追い出した。しかし、バイニマラマ氏は、正確にのけ者にされているわけではない。7月7-8日に、彼はソロモン諸島の35回目の独立記念式典に主賓として招かれた。200を超えるフィジー人兵士と警察の、彼の巨大な随行員は、たぶんオーストラリアとニュージーランドの外交官を困惑させようとしたものだ。

フィジーの軍司令官と首相を兼任するバイニマラマ氏は、野心的な人物だ。彼は、長い間、イラクやレバノンと言った遠く離れた場所で、彼の士官たちが役割を果たすのを探っている。6月に、180人余りのフィジーの軍人たちが、国連の平和維持部隊として中東に送られた。ソロモンの独立記念式典での演説の中で、バイニマラマ氏は、彼の国を「外国の影響」から解放した、と主張した。彼は、彼の治安部隊が、必要な時はいつでもソロモン諸島を助ける準備ができている、と語った。オーストラリアは、少なくとも、再建に10年間を費やしている国が今その地域の悪漢国家と手を組むかもしれないことを心配しているかもしれない。しかし、それは起こりそうもない。バイニマラマ氏の金に困った政府は大きな展開をする余裕がない。中国を含んだどのほかの地域国家も、太平洋での現状維持をひっくり返すだろう作戦に資金を出すことに参加しそうもない。だから、バイニマラマ氏がスタンドプレーできたのは、ほんの短期間だった。
 

発行日: 
2013-07-20
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