ソマリアのチャンス

合衆国が支援するアフリカ軍は平和をもたらすことができるのか?

過去20年間のソマリアの戦争の間のどこかで、生存が釣り合わなくなるような大きなレヴェルに破壊が到達した瞬間が来た。家がその石の中心部を道に投げ出し道路は20年分のがれきの下に埋まっているモガディシュの下町で、25万人の人々がひもで結びつけられたソダとプラスティックのまゆに住んでいる。

その華やかにタイル張りされたバルコニーで大臣や大使たちがかつて眼前のインド洋を眺めながらサンジョヴェーゼワインやカナッペを楽しんだ海に面したアル=ウルバ・ホテルの灰色の骨組みの中で、輝く白いプレハブのウガンダ軍食堂サーヴィスがアフリカ連合の平和維持軍のために牛肉とスパイスの効いたキャベツをバーベキューにしていた。西に30キロいったアフゴエを過ぎたところにある前線では、アラブの王子に所有される川沿いの宮殿があり、そこでは、戦争、基金、そして断続的な占領の期間を通して、ヤシやマンゴーの木が植えられた庭で一羽残ったダチョウを職員が世話している。

ソマリアの戦争で多数が亡くなっており、去年の飢饉だけで15万人が亡くなった。そして、死者によって残された真空と彼らとともに滅びた国の中で、部族と部族が戦う暴力的な無秩序が君臨する。アル=カーイダと提携したシャバブは、世界的聖戦の中で新たな前線を開き、ソマリア人海賊はインド洋上の21世紀の世界貿易の主街道で獲物をかっている。

その混沌は、そのもとでソマリアの暫定政府をイスラム主義者から守るために国連がAUソマリア平和維持部隊(AMISOM)を展開している婉曲に言葉が選ばれた任務の無意味さを作り、その司令官たちはその任務を捨てることを認める。「これは平和維持活動でも平和執行活動でもない。」2007年以来1,000人以上の兵士を失っている6,000人強のウガンダ分隊のポール・ロコック准将は語る。「保つべき平和などないのだ。」

しかし、外国の介入が長い間失敗してきたこのもっとも見込みのない場所で、新しいやり方が突然の素晴らしい結果をもたらしている。合衆国とヨーロッパによって資金拠出されているAMISOMの汎アフリカ軍が勝っているのだ。モガディシュはこの世代で初めてほとんど戦いがなくなっており、AMISOMは徐々に平和を国中に押し広げている。AMISOMの線の中では、事業が復活している。学校が再開している。難民は家に戻っている。モガディシュのビーチすらも開いている。20年間にわたる日々の暮らしの後で、ソマリア人はついに未来を計画できる。より広い世界への示唆は、大きい。合衆国にとってAMISOMの創造は、軍事的な考えの大きな拡大というよりもむしろ防衛費の削減やアフガニスタンやイラクでの失敗をただしたいという望みだったかもしれない。しかし、絶望への都合の良い反応として始まったものは、割引の進化に進化している。合衆国の反テロリズム努力と、国連の平和維持活動とアフリカが自分の問題を片づける能力への教訓は、根本的だ。

ウガンダ人たちは2007年に到着した。彼らが2009年に始めたモガディシュの血なまぐさい街区ごとの戦いの後で、ウガンダとブルンジの合同軍は今年の初めに最後のシャバブの戦士たちをモガディシュから押し出し、それから、5月には、南部ソマリアの鍵となる十字路であるアフゴエを落とした。はるか西では、去年の9月にAMISOMから独立してシャバブを追って侵入したエチオピア軍が、2月にバイドアの町を落とした。南では、同じように独立して10月に侵入したケニア軍が、最初はソマリアの南部の湿地帯で足を取られたが、AMISOMの指令を受け、シエラレオネの援軍を得た後で、ウガンダ軍とともに南部の港キスマヨに集中することを計画している。ディプティの大隊はモガディシュの北に展開している。前線の内部では、ナイジェリア、ガーナ、シエラレオネ、ウガンダ、そしてケニアからの警察官の最初の数百人が、6月にモガディシュに到着し始めている。

そしてもしAMISOMが勝っていれば、シャバブは負けている。そのイスラム主義者たちは、暴力的な内部分裂によって悩まされている。何百人もの彼らの戦士たちが離脱している。その集団は資源が不足している。アラブの春の混乱は中東からの資金を打ち切り、領域を失ったことにより彼らはソマリ人から徴税や徴兵ができなくなった。アフゴエ郊外のウガンダ軍キャンプで、4年間シャバブのために戦った後で離脱した24歳のアリ・アブシャー・モハメドは、その集団、特にその外国人司令官たちが、多くのかつての干渉と同じ失敗をしていると語る。まるで彼らがその場所を所有しているかのように行動することだ。「私は彼らが民間人に嫌がらせをし、人々を虐殺し、理由なく彼らを罰するのを見た。」彼は語る。「彼らは決して人々の支持を得ようとはしない。だから彼らは今ではなんの力も、カネも、武器も持っていない。誰もが離脱することを考えているのだ。」
 

新たな模範的な軍

アフガニスタンの(「学生」を意味する)タリバンのように、(「若者」を意味する)シャバブは人気のある反対派から軍閥に成長し、その無法な支配は1991年の中央国家の崩壊の後に起こった。最初は、シャバブは、聖職者と裁判官の連合で切断と投石刑の自由使用で2006年に6か月間モガディシュにいくらかの秩序を回復したイスラム法廷会議(ICU)の執行者として活動した。しかし、あるICU指導者が愚かにもソマリアの歴史的ライヴァルであるエチオピアに対して聖戦を宣言した後の2006年の終わりに、エチオピアが侵入し、ICUをひっくり返して世俗政府である暫定連邦政府(TFG)をエチオピアを保護者として打ち立てた。

ICUが消え去る一方で、シャバブが社会正義とTFGを守るエチオピアとアフリカ連合の平和維持軍に対する民族主義的抵抗の勢力として現れることにより強くなった。2008年までに、その集団は南部ソマリア中で自由に活動し、より世界的に焦点を当てた合衆国、ヨーロッパ、そしてオーストラリアからのソマリ民族や中東やアジアからの聖戦士たち250人に補強されて、さらに遠くに乗り出した。2008年に、それは、北部ソマリアの自治地域であるソマリランドでの一連の爆破で30人を殺した。2010年7月に、ウガンダのカンパラでワールドカップの決勝を見ていた群衆への2度の自爆テロで76人を虐殺した。ケニアが侵入して以来、一連のシャバブによる爆弾と手榴弾によるそこへの攻撃がさらに60人の命を奪った。直近では、7月1日に、民兵集団がソマリア国境近くのガリッサの二つの教会の窓から手榴弾を投げ、逃げ出した集会参加者に銃を乱射した時、17人が亡くなり、60人以上がけがをした。

AMISOMのシャバブに対する成功は、いくつかの重要な教訓を持っている。これは、アフリカ連合のマントラが持っているように、「アフリカ人がアフリカの問題を解決している」ことで、時には公平だがますます時代遅れで人種差別的な考えである、アフリカ人は自分たちのことをできないかしようとしない、ということへのしっかりとした拒否だ。AMISOMの平和を守るふりをする代わりに戦いを遂行するという意思にもかかわらず、カギとなるのは攻撃ではない。2007年にウガンダ軍がついたすぐ後に、彼らはシャバブが活動していると疑った民間人地区を砲撃することによって有毒な評判を得た。しかし、2008年以来非営利の合衆国の軍事兵站契約者バンクロフトからの助言者に案内されて、彼らは、ゆっくり前進し、注意深く民間人を回避し、狙撃兵を使い、民間人に無料の病院治療を提供することによってソマリ人の心を得ることを学んだ。「今では、ウガンダ軍は世界中でもっともよい都市戦闘軍の一つだ。」バンクロフトの軍事顧問でいくつかのアフリカの戦争のヴェテランであるリチャード・ロゲットは語る。その証拠は、モガディシュでかつて見ることのなかった光景だ。ほほ笑む子供たちが通る兵士たちに手を振っているのだ。

国連の平和維持活動にも教訓がある。ソマリアの不安定性から直接に影響を受けた国からの軍隊は世界中からの国連軍よりもはるかに効果的で安いことが証明された。AMISOMはその勝利のほとんどを1.2万人の軍隊(間もなく1.7万人に増える)で勝ち、2006年以来その資金供出者であるヨーロッパと合衆国にそれぞれ11億ドルと6.56億ドルをかけさせ、それは国際的な軍の展開の標準からは格安だった。国連のソマリア特別代表のオーグスティン・マヒガは、AMISOMの治安非常線の中の彼の事務所で、「間違いなく国連で考え直されるべきことがある。」と語る。

同じように重要なのは、合衆国の反テロリズム戦略への示唆だ。9/11後の10年間で、合衆国の反応は1兆ドルかかるような大量の軍展開に頼っていた。サダム・フセインとタリバンは転覆され、オサマ・ビン・ラディンは最後には殺された。しかし、その反応は、アメリカが石油を愛しムスリムを憎んでいるという広がる認識を作り出した。それはまた、たとえ正確にビン・ラディンが欲していたことを考えても合衆国が不安定性を実際には増したという非難にもつながった。ビン・ラディンは、そこから彼が望む新世界秩序があらわれる、信者と異教徒との間の世界的な大火を望んでいた。テロとの戦いに使われた手法についての醜聞はたくさんあった。アブ・グレイブとバグラム空軍基地での虐待の形として広く非難された尋問技術の使用、グアンタナモでの人権と法的権利の否定、無人機暗殺の使用、ときに起こった悪漢の合衆国軍による公式な許可なしの大虐殺だ。

合衆国アフリカ司令部のアフリコムは、多くの人々や費用を譲渡することなしに外国で活動する使命を持って2007年に立ち上げられた。もはや合衆国軍は「大きな軍隊の足跡をつけた長期的な国づくり」を追い求めない、と1月にバラク・オバマ大統領は語った。即座に、それは、監視と地域的協力で助ける一方で、アフリカの軍隊がテロと戦うよう資金を出し訓練する、ドイツのシュツットガルトに拠点を置く2,000人の分析者、研究者、そして戦略家に翻訳された、とアフリコムの司令官カーター・ハム将軍は語る。この新しい運営方法を強調して、アフリカ諸国は戦闘軍が一切割り当てられていない。それが軍を展開する珍しい場合には、作戦は、シャバブの指導者に対する空爆や海賊に対する特別作戦のように、厳しく範囲が制限され、リビアやジョセフ・コニーの神の抵抗軍に対する戦いのように、しばしば人道的懸念によって裏書きされる。アフリコムの最大の武器は、合衆国政府の資金だ。AMISOMに資金を出すことに加え、合衆国は大金をソマリアへの人道援助や暫定政府への贈与として支払い、7人のシャバブの指導者の逮捕、捕獲、または死への報奨として3,300万ドルを提供している。ハムは新しいやり方を「パターニング」と呼ぶ。冷戦中には、そのようなやり方は代理戦争として知られた。より現代的な言葉では、アウトソーシングかもしれない。
 

略奪者を甘やかす

さしあたり、AMISOMの軍事的進歩は経済的政治的復活と合っている。国外脱出したソマリ人たちが不動産を買占め改装するために戻るにつれ、モガディシュの家賃は数か月で3倍になっている。「事業はうまくいっている。」かつては自分の家だった吹き飛んだイタリア風列柱の残り物で建てた明るい青色の店からサンダル、石鹸、そしてソーダを売る20歳の店主レラ・アブディは語る。「近所の人は皆戻ってきている。」

シャバブと手に負えない軍閥との間に区別をしないというAMISOMの脅しに直面して、ソマリアの分断化した部族は公式に政治的蘇生を支持している。7月31日に、ソマリアは新しい憲法草案に合意し、8月20日までに、1991年にモハメド・シアド・バーレ大統領を軍閥が転覆して以来初めての、新しい議会と新しい高級的な中央政府を持って当然だ。

しかし、ソマリ部族の暴力的な自己利益の歴史を考えると、部族指導者が大きな絵の一員となることを信じるのは甘いだろう。「現状に何の変化も加わらないよう危機を作り出したいと思っている軍閥やほかの人々がいる。」とマヒガは語る。「議会の内にも外にもだ。民兵を率いるものもいる。軍の高官の中にもいる。彼らは混乱の機会があればいつでもその頭を持ち上げる。」

同じようにソマリアの安定した未来について問題になるのは、シャバブの征服者の間での分断だろう。ケニアはさらに北の不安定から隔離するためにソマリア国境に半自治緩衝州を作るという長い間の計画を持っている。これらの計画は、それが領域の損失を意味するだろう新しいソマリ中央政府や、ナイロビの国連高官によるとケニアを迂回してインド洋へ向かう南ソマリアルートの野望を持っているウガンダには歓迎されそうもない。一方でエチオピアはワイルドカードのままだ。2006年以来その軍隊が多かれ少なかれソマリアで絶え間ない存在感を持っているのにもかかわらず、それはAMISOMに参加することを拒絶し、特に人口がソマリ族で占められている東の州のオガデンの治安が脅かされた時に、その意思で再侵入する権利を留保している。

ソマリアの戦争を終わらせることが、現在その地にある外国軍の利益であるのか、ということに疑問を持つものもいる。多くのアフリカ政府は援助をひきつけるために危機を膨張させることに熟達している。同じ方法で、「アフリカの軍隊にとって、彼らの動機づけは、誰であれ彼らが戦っているのがアル=カーイダであり、それにより資金、同盟のバッジ、悪い行動へのフリーパスを得ることだ。」と、大西洋会議の東アフリカ専門家ブラウウィン・ブルトンは語る。残ったグアンタナモの囚人のための主席弁護士のジョセフ・マルグリースは、彼が「反テロリズム2.0」と呼ぶところの代理モデルが、多くの点でイラクやアフガニスタンからの賢い進化だと語る。「足跡と目に入ることを減らしたのだ。」彼は語る。「合衆国の生活にはとても低いリスクしかない。とても少ない政治的反撃しかないのだ。」しかし「この種の資金提供と代理取引の歴史は、よいものではない。それはいつも外交政策とモラルの破たんにつながる。」と彼は警告する。

おそらく、シャバブに対する作戦を継続する最大の疑念は、ソマリアの軍事集団を打ち破ることが、単にそれを他の所に動かすだけだろうという可能性だ。「私は時に尋ねられた。何があなたを夜起こさせているのか?」ハムは語る。「私の頭に去来した最初のシナリオは、ソマリアに目的地を見つけ、訓練を受け、合衆国パスポートを持っているので合衆国に戻り、何らかの種類の攻撃を行う若いソマリ系アメリカ人だ。」

ハムのアフリカの同盟者はすでにまさにその種の反撃を経験している。ソマリランド、カンパラ、そしてケニアでの攻撃は、国連の去年の報告によれば、特にいまでは突然やかましい分離主義運動の本拠になっているケニアのムスリムが支配的な沿岸といった、東アフリカで広範な資金、求人、そして訓練のネットワークを打ち立てているシャバブの地域部門によって行われた。合衆国の外交官は、シャバブがイエメンやナイジェリアのほかのイスラム主義者とつながろうとしていると報告する。最近の逮捕者は、それが依然として世界中から聖戦士たちを惹きつけていることを示唆する。東ロンドンの29歳になる英国人ジャーメイン・グラントは、モンバサで攻撃を計画したとしてそこで審理中で、7月にはトルコ系ドイツ人のエムラ・エルドガンが少なくともナイロビの爆発の一つを実行したとの容疑でタンザニアで逮捕された。かつては東アフリカでのアル=カーイダの存在感に懐疑的だったブルトンは、今では「事態が孵化しているのを見ている。たくさんの不平を持った若者、たくさんの新たな転向者、たくさんの訓練と教化を受けた人々がいる。」という。マーグリースの用語を使うと、「我々はシャバブがアル=カーイダ2.0に進化するのを見ているかもしれない。」彼女は付け加える。

ナイロビのホテルの1室で、アリ・ワーサムという名のケニア人が、彼のケニア人イーマムに社会奉仕のためにソマリアに行くよう頼まれ、それからその集団のために戦うよう銃口を向けられてから2年後の2010年に、どのようにシャバブから逃げ出したかを教えてくれた。彼は、シャバブの中の国籍のびっくりするような完全なリストを作る。ソマリ人、ケニア人、エチオピア人、エリトリア人、スーダン人、タンザニア人、アルジェリア人、リビア人、パキスタン人、シリア人、サウジアラビア人、英国人、アメリカ人、カナダ人、オーストラリア人、スウェーデン人、ノルウェー人、そしてデンマーク人だ。ソマリアでのシャバブの敗戦は、世界で最も損なわれた国に新たな夜明けを約束するかもしれない、と彼は語る。しかし、そのような世界的な参加者で、それはシャバブを終わらせそうもない。「彼らはこのメンタリティを持っている。母国に帰らない、平和にならない。」彼は語る。「ただ混乱と恐怖を作り出すのだ。」
 

発行日: 
2012-08-13
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