不幸せな誕生日 - 南スーダン

1年前に作られた世界で一番新しい国は、かなり悪いスタートを切っている
 
ノーベル平和賞受賞者デスモンド・ツツは7月9日の南スーダン最初の誕生日の主賓で、そこで彼は平和を求める説教をした。戦いをやめれば富はついてくる、彼はその若い国の指導者にその北の元同国人と融和するよう要求して語った。礼儀正しい賞賛だったが、帰り道に、その退職した南アフリカ高位聖職者は、軍のための募金バケツを振るヴォランティアたちに話しかけられた。
 
北から別れて1年後、南スーダンの見通しは陰鬱だ。両国に支払うことを意味した石油は、1月の北によって要求された石油を市場に運ぶパイプラインと港の通行料についての口論の間に、南部人によって止められた。その閉鎖は両国を無力にした。南では、インフレが20%から80%に上がっている。産業を欠いており、全体的に輸入に頼っているその国は、その通貨の下落の影響を鋭く感じている。大きな雇用者の国連は、その危機を考慮して地元職員にドルで支払い始めている。政府は今のところドルを採用するという要求を無視している。問題を悪くしているのは、残りのスーダンとの国境紛争が、生き残るのに苦闘している17万人の難民を南に送っていることだ。
 
南スーダンは、世界開発指標の底にはまり込んでおり、ほとんどの指標で依然として後退している。その国の国連地図を見ると、ほとんどが国際援助が人々を生き続けさせるために必要とされる地域である、30の同時に起こる緊急事態を示す。900万人強と見積もられるその国の人口の半分以上は食糧援助を必要としている。
 
もし石油輸出を再開するための取り決めが何も作り出されなければ、その新しい国は崩壊し始めうる。いくつかの推計によると、10月までにジュバの政府はその給与の支払いをできなくなるかもしれないということだ。来月初めに予定されるエチオピアの首都アディス・アベバでのおそらく対面交渉で、両側にとって妥協する動機づけは強い。しかし、彼らの間の差は大きい。北は、南の油田の喪失に対する補償として4年間にわたって100億ドルを要求している。ジュバの政府は30億ドルを提供する準備ができている。それは、元南アフリカ大統領のターボ・ムベキに率いられた仲裁者を、頭を掻いたままにさせている。両側と取引し、新たな紛争からたくさんを失うであろう中国は、市場価格を上回る率で石油を買うことによって2月に分断のいくらかを橋渡しすることを提案した。
 
経済的危機に近づくことは、心を集中するかもしれない。他には何もそうしそうにない。戦争が、北の空爆と南の陸上の反撃の後で、今年の前半に現れた。この、描かれるような「過激主義を通しての交渉」は、両側にとって自滅的だ。戦時の精神は、南で強固になっている。募金委員会が国中に現れ、今ではその国の常設軍である内戦時代のゲリラ運動のために資金を調達している。軍のために輸入した食料の支払いを2年間も待っているトン・アルビーノのような事業家は、今では国境軍の資金調達のために商務省によって頼まれている。
 
北での最近の財務的圧迫が抵抗を助長する一方で、南部人は大部分が、何十年にもわたる戦争でそうだったように、禁欲的だ。個々の国民はとても理解があるので政府は幸運だ、とアルビーノ氏は語る。彼らは始めから多くを持っていない。長い戦争を終わらせた2005年の北との平和協定の後で石油が流れ始めた時、大部分が軍隊に行った。高官が残りの多くを盗んだ。これが外国人支援者がより多くの援助資金を与えることに腰を引けさせている。
 
アメリカからの反賄賂の信号を送るようにという鋭い圧力の下で、南の大統領サルヴァ・キールは5月に75人の高官に対して40億ドル以上を略奪したとして彼らを非難する手紙を書いた。彼は、隣国ケニアの銀行口座に資金を返したものには誰でも恩赦を与えると提案した。怒った大臣の中には、戦争の英雄である大統領に辞めるべきだと不平を言うものもいた。大統領の顧問の一人のアメリカ人は、手紙を書いたことを非難され、身の安全のためにジュバを去った。
 
一方、首都はわいろの記念碑で散らかっている。郊外では、反不正委員会を宣伝する堂々とした看板が、空っぽの土地の前に立っている。その事務所を立てる資金は、どういうわけかなくなり、そのかなり威力のない委員会はどこか他の所に建物を借りなければならない。文化副大臣のジョック・マドゥット・ジョックは、同僚の中には賄賂で豊かになっているものもいると語る。依然として、過去に対する郷愁はほとんどない。独立1周年は50年の破壊を取り消しそうもなかった。
 
発行日: 
2012-07-14
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