下落の翌日 - アフリカの株式仲介

古いやり方で株式を取引する

8月16日の朝10時数分前に、20数人の着飾った男女がハラレの下町のユニオン通り101の5階にゆっくり集まる。彼らは、ジンバブエ証券取引所(ZSE)でのその日の取引開始を待って、小さな部屋にある木製テーブルの輪の周りに集まる。それぞれのトレーダーの前には、取引場での彼らの場所を記した数字付の緑の長方形がある。目に見えない信号で、取引は始まる(ベルは部屋の真ん中のテーブルに使われないまま置いてある)。

アフリカの株式市場は、幾分かはその大陸の急成長する経済に触れることを欲する先進国の投資家からの関心が増しているために、今年、沸いている。ジンバブエは、70強の上場企業のうち半ダースかそこらしか外国投資家の関心を惹くのに十分なほど大きいものがないのだけれども、アフリカのいわゆる前線市場のうちで最も大きなものを持つ。

市場のヴォリュームは、高価な電子取引制度か、さらには長い取引時間を保証しない。だから、それぞれの営業日の朝には、仲介業者の小集団が、対面で「買い」とか「売り」を大声でいうことにより、約1時間古いやり方で株式を取引するために、テーブルの周りに集まる。別の懐古的な細部としては、1%の固定取引手数料がある。買い手と売り手を引き合わせた(「ブックトオーヴァー」取引と呼ばれる)仲介者は、両方から料金を得ることができるのだ。

マーレイ・リントン=エドワーズは、ハラレでほぼ20年間株式取引をしており、今では自分の会社を経営している。彼がそのキャリアを始めた時、ZSEではたった4社か5社しか取引していなかった、と彼は語る。しかし、ジンバブエのインフレ率が2008年に数えきれないほどに爆発するにつれ、地元の人たちはすぐに価値のなくなる銀行券の代わりに、価値を貯めるのに株式を使った。多くの仲介業者が追加の取引を取り扱うために成長した。2009年にUSドルをジンバブエの主要通貨に採用したことは、インフレを癒し、現地の人々が株式を売るために外国人投資家を惹きいれた。しばらくの間、これが市場の回転率を上げるのに役立った。しかし、今、その摘み取りは薄くなり、19の登録された交換仲介者の間で分け合われなければならない。

この火曜日の朝、強気の市場熱が著しく欠如していた。前日に、(その経済の注意深い執事職としては知られていない)ロバート・ムガベが大差でジンバブエの大統領選挙を勝ったという週末のニュースに反応して外国人投資家が株式を売ったので、主要指標は11%下落した。取引は活発だが熱狂的ではない。その日の主要指標の下落をたった1.7%に抑える、下落を買う投資家からの十分な関心があったのだ。

それぞれのトレーダーは、その日の朝か前の取引日が閉まった後に顧客によって出された売買注文を持って株式取引会場にやってくる。そこには電話はない。トレーダーたちは、例えば(醸造業者でその市場の最大の株式の一つである)デルタを1.20ドル以上で売れといった指示で、しばしば厳しい価格制限を課されるが、顧客のために可能な限り最善の価格を得るよう委託されている。

価格はオークションによって決められる。あるトレーダーが大声で「ミークルズを32(セント)で売り」と言うのは、ジンバブエで2番目に大きな小売業者を所有する企業複合体の株式の市場を試すのだ。リントン=エドワーズ株式仲介のトレーダーオナード・マゾロゼは可能性を見る。「私は26で買う。」そのオファーは最初27.75セントまで下がり、それからさらに低くなる。マゾロゼ氏は彼がたった一人の買い手であることを感じ、26セントの入札にこだわる。冷やかしの声は、他のトレーダーもそれを認識していることを示唆する。「彼は26セントで人々を追い出し、取引成立させたいと思っている。」一人が言う。誰もそれより高値を提示しない。その取引はマゾロゼ氏の顧客にとってはよい価格である26セントで決まる。

買い手と売り手の両方が取引の詳細をメモ用紙に急いで書き込む。取引伝票は事務員によって10分かそこらごとに集められ、市場が閉じるときに照合される。午前10:45に、その部屋は突然静かになる。最後の取引が行われる時で、それからトレーダーたちは静かに部屋からゆっくり歩いて出るのだ。
 

発行日: 
2013-08-17
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