完全な砂漠の嵐 - サヘルでの紛争

 

政治的過激主義、リビアの武器、そして変わる気候の傾向が、サヘルでの混乱の原因となっている
 
英国の特殊部隊が、3月8日に10ヶ月にわたってイスラム過激派にとらえられていた英国人とイタリア人一人ずつを解放するために北ナイジェリアの町、ソコトに押し寄せた。人質が死に、ナイジェリアに大きくなる破滅の予感を残して、その任務は失敗した。マイドゥグリの町に拠点を置く、自分たちをボコ・ハラムもしくは「西側のやり方は冒涜」と呼ぶ過激派は、過去2年間で存在感を増している。彼らは、1,000人以上を殺している爆破で、厳しいシャリア法の固守をより大きく要求している。
 
しかし、ボコ・ハラムによって引き起こされた混乱は、アフリカで最も離れた地域の一つでの一群の困難の最も見えやすいものに過ぎない。かつては冒険好きの旅行者の遊び場だった、サヘルとして知られるサハラ砂漠の南の乾燥地帯は、急速に立ち入り禁止地区になった。チャド、マリ、そしてニジェールが最も影響を受けた国々だが、聖戦過激派の集中、重火器の突然の流入、そして深刻な干ばつがより広い地域を脅かしている。
 
少ない降水量はサハラ周辺では普通のように見えるかもしれない。実際には、サヘルの大部分では、穏やかな農業をするには十分な雨が普通は降る。しかし、ギニア湾周辺での水温上昇は、雨雲の流れを南に動かしたと気象学者は言う。家畜は群れで死んでいる。長期的な過放牧と急速な人口成長が問題を悪くしている。
 
援助機関のオックスファムは、100万人以上の子供たちが深刻な栄養失調に直面しているという人道災害を警告する。チャドの村人はすでに、蟻が貯めてきた穀物を集めるために、蟻塚を掘り起こしている。しかし、今、最も悪影響を受けている場所は、平常時でも栄養失調による世界の子供の死の1/6を占めている、人口1,500万の内陸国、ニジェールだ。別の援助機関、セイヴ・ザ・チルドレンは、ニジェールでの状況は、雨不足により不作が80%にもなった9月から、悪化しているという。
 
悲劇は、サヘルの多数の失業者を、過激派集団の勧誘者の簡単な目標としている。彼らの主要な拠点は、サヘルが完全な砂漠に変わる、ニジェールの警備状態の悪いアルジェリア国境に広がっている。20年にもなるそこでのイスラム主義者の反乱は、世界的ジハードのマントルに適応し、イスラム・マグリブのアル=カーイダと看板を書き換えた。アルジェリアの人口密度の高い地中海沿岸の軍事政権を追い払うのに失敗して、これらの過激派は、ますます内陸の砂漠に焦点を当てている。
 
1月に彼らはニジェールのリビアとの国境付近で、地方知事を誘拐した。彼らはまた、少なくとも18人のヨーロッパ人の人質を取っている。これらのうち何人かは、12月にその存在を公表した新たな分派に拘束されている。西アフリカ統一聖戦運動は、普通聖戦サークルを牛耳るアラブ人たちではなく、黒人アフリカ人に率いられている。自分たち自身を別のものだとするために、彼らはより原理的になろうと努力する。現代的な武器がリビアから彼らに流れ込む。去年の夏にその政府が崩壊した後、元反乱軍の中に略奪した戦利品を売りさばいている者もいる。リビアの武器市場は、特にカリフォルニアとテキサスをあわせた広さを持ち不穏な歴史を持つマリに影響する。カラシニコフ銃を運ぶ遊牧民のトゥアレグ族は、かつてらくだに乗って不毛な北を縦横に動いた。1960年にマリがフランスから独立し、国の支配層が緑に覆われた南の首都のバマコから統治するようになって以来、トゥアレグは頻繁に反乱を起こしてきた。リビアのムアンマル・カダフィ大佐は、2008年の直近の反乱の後にトゥアレグの指導者を保護し、その多くを彼の軍隊に引き入れた。彼の体制が去年崩壊したとき、彼らは重機関銃と多連装ロケット発射装置を四輪駆動車に山積みにして故郷へ向かった。
 
10月に、トゥアレグの退役兵がアルジェリア国境そばの離れたオアシスで、マリ軍からの脱走兵やメディアを熟知している活動家たちと会い、アザワド解放民族運動(MNLA)という新たな集団を設立した。アザワドはマリのトゥアレグの自分たちの故郷の呼び名だ。MNLAの司令官、マハメド・アグナジン大佐は、カダフィ政権の武闘派の支持者だ。1月17日に、彼の軍隊はメナカの町を攻撃し、後に陥落させた。次はアゲル・ホックで、3月11日にはテッサリトの戦略的に重要な軍事基地を落とした。そのマリ軍の守備兵は、一時はアメリカ空軍による水や食料の投下を受けながら、数週間にわたって包囲された。テッサリトの支配は、反乱軍にイフォガ山脈の高地に拠点を与える。
 
首都バマコへの攻撃はありそうもないが、その国の広大な北東部の主要都市、キダルが次かもしれない。トゥアレグの報道官は、この反乱は、過去のものとは違って、息が切れることはないと語る。彼らの1,000かそこらの戦士たちは、初めて、よく武装され、政治的に統一されたものだ。マリ軍はたったの7,500人しかいない。
 
外部の者は、トゥアレグがイスラム過激派と共通の主義を持つことを恐れている。彼らは同じ敵の多くと対面し、部族的なつながりとサハラ最大の事業である密輸という商業機会を共有している。トゥアレグとの戦いに政府資源をさくことは、干ばつにさらに加えて、戦いから逃れて隣国に非難した12万人の難民への配慮の必要とともに、過激派への圧力を和らげるだろう。
 
 
発行日: 
2012-03-17
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