ニジェール

ボコ・ハラムとの戦い - アフリカのイスラム国

2月
11

ナイジェリアでのジハーディストの反乱が地域紛争に変わっている

非難をそらすことは、世界中で政治家に尊ばれる技能だ。しかしながら、多くの人は、ナイジェリア北東部の危険な反乱集団であるボコ・ハラムへのスケープゴートを終わることなく見つける、そのアフリカでもっとも人口稠密な国の大統領グッドラック・ジョナサンから、依然として一つや二つのことは学ぶことができるだろう。ジョナサン氏のもっともありふれた言い抜けは、ボコ・ハラムがナイジェリアだけでは解決できない地域的な問題だ、というものだ。

彼のいいわけは、不幸なことに、事実に変わっている。ボコ・ハラムは今、その毒を隣接諸国に振りまいている。ナイジェリア国境近くのカメルーンの村から約80人のカメルーン人が誘拐されたのは、チャド湖周辺の諸国でそれが影響力を増していることに光を当てた。

更に北のニジェールでは、かつては退屈な漁村だったキリキリで、意訳すれば「西洋の教育は禁止」となるボコ・ハラムから逃れた難民たちが当座のハットに詰め込まれている。毎日数十人が、その数少ない所有物を頭の上に載せてボートからおりて歩いてくる。治安は急速に悪化している。

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ナイジェリアとボコ・ハラム – アフリカの黒い旗

1月
25

政府が悪政と不正の蔓延に取組みさえすれば、ジハーディスト集団を打ち破ることができるだろう

ボコ・ハラムはアフリカのイスラム国(IS)になっているのか?その残忍さと領域を持つことへの野望で、それは確かにイラクとシリアのジハーディストに似ている。ボコ・ハラムは、貧困に苦しむナイジェリア北東部でベルギーと同じくらいの大きさの「カリフ国」を築いている。そして、ISのように、それは植民地解放後の国境線を越えて聖戦を輸出している。

ラディカルだがほとんどが政治的な活動として2002年に始まったそれは、特に2009年の強硬な取り締まり以来、年々暴力的になるジハーディストの反乱に変わった。2014年4月に、それはチボクの町から276人の少女を誘拐した。脱出した子もおり、亡くなった子もいるが、多くは奴隷として売られるか、戦士たちと「結婚」することを強いられた。今、その反乱は他の国に広がっている。1週間前、80人のカメルーン人が誘拐された。チャドはカメルーンを助けるために軍隊を送っている。ニジェールとベナンもまた脅かされている。

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できるのならば、サハラを守れ - 国連とマリ

9月
12

西アフリカの一か所で追跡されて、過激派は近くのどこかに突然現れる。この記事はマリでの改善する絵を描く

フランス軍が今年の初めにマリの砂漠に黄褐色のブーツを踏み込んだとき、彼らはその西アフリカの国でひとつならず3つの問題に直面した。リビアの倉庫から略奪された武器の助けで、トゥアレグ分離主義者の同盟は、その国の北を支配していた。彼らに、アル=カーイダに結び付いた聖戦士たちが加わり、猛烈にイスラム主義者の国家を打ち立てることを決心していた。今のところ、マリ軍は、ある司令官のクーデター中にぼろぼろになっており、過去20年間にわたって多かれ少なかれ民主的だった政治制度の解体につながった。

6か月間がなんという違いをもたらしたことだろう。苦境の警告を無視して、フランス大統領フランソワ・オランドはその国を救うために4,000の兵士を急派した。彼らは素早く北部マリを保全し、多くがフランスの旧宗主国としての長い期間から知られていたほとんどの当面の問題に対処した。

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遅れたが、手ぶらではない - アフリカのバラク・オバマ

9月
07

アメリカの大統領は、4年たってからその父の大陸を訪れる

アフリカ人たちは、少なくともヨーロッパの探検者が、派手な陶磁器類や蔵書すらも満たしたトランクをたくさん持った荷物持ちの長い列の先頭で、サヴァンナをだらだら歩いて以来、大きな随員たちを連れ異国風の荷物を持った訪問者たちに慣れている。しかし、バラク・オバマが6月26日にアフリカに足を踏み入れる時、彼はさらによいことをするだろう。病気になったとき用の最高水準の病院を備えた軍艦が最初のアフリカ系アメリカ人の最高司令官に同行し、ジェット戦闘機が止まることなく空を警護し、3台のトラックが彼の寝るホテルへの防弾ガラスを運ぶ。しかし、チーターやライオンに対して狙撃種を雇うことに高官の木が進まなかったので、大統領のサファリはキャンセルされた。

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攻撃される町 - ナイジェリア北部の反乱

7月
30

ナイジェリア国民はイスラム民兵と政府軍の両方を恐れる

4年にわたるイスラム主義反乱の真ん中にある町のマイドゥグリの街路で、兵士たちが砂袋からできた壕に暑さにうだりながら座っている。彼らの周りで、ガチャガチャなる自転車に乗った少年たちが、遠い昔は繁栄するイスラムの貿易センターだったその町をゆっくりと埋めているサハラから吹き付ける砂を刻む。それは今、文字通りでも比喩的でも、砂漠化に直面している。

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恥ずべき鉱物 - コンゴ民主共和国での事業

7月
14

それはどれだけ悪いのか?

コンゴでの事業情勢は「ひどい」、とキンシャサのある政府顧問は語る。どんな無頓着な訪問者もたぶん気づいている。交通警察は理由なく車を止め、割り込み、金を払うまで出ていかない。7-8人で会社の事務所にやってきた徴税人は、もちろん、交渉で値下げしうる要求をする。その中部アフリカの国最大の事業、土を掘って貴重な鉱物を抽出することが、それほど汚れていても、あまり不思議ではない。元国連事務局長コフィ・アナンによって率いられたある専門家パネルは、2010-12年の間に結ばれた5つの協定を見て、政府所有鉱山が売られた総額と、それらの価値についての独自調査を比べた。それは、その国の健康教育年間予算の倍に当たる13.6億ドルの差を見つけた。そして、これらの協定は、行われたすべての安売りのほんの小さな部分だ、と5月10日に南アフリカのケープタウンでアナン氏が発表したその報告は言う。
 

コフィの疑問

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私の方法でそれをする - エチオピアとケニア

4月
05

二つのまさに反対の経済モデルの間でのイデオロギー的な競争

メテマでの到着ターミナルでエチオピア国境警備がすべてのパスポートを手書きの望ましからぬ人物リストとあわせ、それらをはじき出す。ここは、国家がもっともよく知っている国だ。それは、訪問者にとって面倒かもしれないが、それはエチオピアをアフリカの開発の星の一つにしている。国境から離れる新たに建設された道路は、コーヒーについてエチオピアで二番目に大きな輸出品のゴマの集約的な畑に囲まれている。収穫された茎の黄金の束が、小川の脇の畑に置いてある。ボブ・ゲルドフがその国について「かつてなにも育ったことがなく/雨も降らず川も流れず/彼らは今がクリスマスの時期だって知っているのだろうか?」と歌った飢饉に襲われた1984年から長くたった。

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頑張れ、わが勇者 - ニジェール、アルジェリア、リビア、エジプト、スーダン

4月
05

アフリカの中央は貧しくて紛争がはびこったままだが、行動主義が起こっている

その大陸の乱雑な中央部は、ナイジェリアの首都の1時間北から始まる。運転手は数マイルごとの関門で止まらなければならず、夜間外出禁止を遵守しなければならない。主要な北部の都市カノの郊外では、武装した兵士が銃身に固定された銃剣を持って道を警護している。その知事の事務所は要塞で、その周囲の道路はすべて人の高さのコンクリート障壁で封鎖されている。自身をボコ・ハラム(西洋の教育は罪)と呼ぶイスラム過激派集団は、自動車爆弾や奇襲隊襲撃で、年に何百人もの人を殺す。治安維持軍の高圧的な反応は、さらに多くを殺す。その知事は彼の設置した新しい街灯を自慢するが、住民たちはナイジェリアの石油の富をほとんど何も見ていないので、怒り狂っている。

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ブーツの上の砂 - マリでの介入

2月
19

マリでのフランスの行動はうまくいっているように見える、今のところ

水田と漁船に囲まれて、泥でできた町のディアバリーはマリの農業の中心地にある。それはまた、モーリタニア国境からニジェール川にかかるマリの数少ない大きな橋への道を横切っており、歴史的な町のトンブクトゥへの北への裏道ともなっており、そこを戦略的十字路のようなものにしている。1月14日に、9か月以上にわたってその国の北を抑えている反乱軍兵士たちが南に押し出してその町を取り、何十台もの重機関銃を満載したピックアップトラックを道にブレーキ音を立てながら止め、行く先々でマリ軍兵士を殺している。

その反乱軍の動きは明らかに、サーヴァル作戦と呼ばれる1月11日に始まった、フランスの地上と空中での介入への反応だった。その究極の目的は、フランソワ・オランド大統領の言葉を借りれば、「マリの領土の統一性を回復する」ことで、それは去年その国の人口密度の低い北部を征服するためにトゥアレグ反乱軍と結びついたイスラム主義者群を追い出すことを意味する。

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砂漠の中の危険 - アフリカの聖戦

2月
12

アルジェリアのテロとマリでの戦争は、アフリカでのイスラム主義過激派の浸透が進んでいることを示す

1月16日に、30人強の重装備のイスラム過激派がイナメナスのそばのサハラ砂漠にあるガス施設の支配を握り、650人程度の労働者を人質にとった。それに続くパイプラインの束と住居用コンテナの風景に広がって戦われたアルジェリア特殊部隊との戦いは4日間続いた。人質をとったものたちは、パイプラインを吹き飛ばすことを計画していたと言われる。それはアルジェリアの輸出を大きく減らすことを意味しただろう。しかし爆発は起こらず、すぐに、その工場の少なくとも37人の外国人従業員とともに、人質をとったものたちは殺された。アルジェリアは、テロ攻撃に対して妥協しないやり方をとる。

となりのマリでエスカレートする戦争と一緒に、その戦いは、新たな聖戦主義がアフリカ中に広がっているというスペクトルをもたらした。西側の政府は、広大なサハラとその南の端に沿ったサヘルの国々でのその紛争が、ますますつながるようになっているのではないかと心配する。アルジェリアのガス施設への攻撃は隣のリビアで始まった公算が高い。たぶん何百キロも離れた砂の広がりのどこかに隠れるその設計者たちは、今フランスと西アフリカの軍隊によって攻撃されているマリのグループを支援していると主張した。

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