西アフリカ諸国経済共同体

聖戦士たちはどこへ行ったのか? - マリへのフランスの介入

2月
25

フランスは砂漠で勝利しているが、長期的にはより厳しいときに直面している

1月26日にフランスの兵士が北部の町ガオに乱入した時、彼らは聖戦士たちを撃退するための3週間の作戦に決定的な勝利を得た。しかし、その勝利が本当に感じられたのは2日後に伝説の町トンブクトゥの泥でできた通りを行進した時だった。最後の砦の離れたキダルの反乱軍は、依然としていくらかの影響力を持っているが、交渉を望んでいると伝えられる。

フランスはその介入をアフリカ軍との共同行動であると示すことに執心しているが、その兵士たちはナイジェリア、セネガル、コートジボワールやほかのさまざまな軍隊が到着するのを待たなかった。1,000人強のマリ軍を伴った2,900人程度のフランス軍は、去年の4月以来アル=カーイダに率いられた反乱軍によって占領されているマリの広大な砂漠の広がりの中の3つの大きな町へ迅速な襲撃をくらわせた。

反乱軍のその地勢の知識とゲリラ戦の経験にもかかわらず、彼らは伝統的な軍のように戦うことを選んだ。町を奪って守り、車で道に沿って進むことはフランスのジェット機に格好の目標を与えた。今、彼らはよりよくできるやり方に立ち戻るだろう。砂漠の中でゲリラとして生き残るのだ。

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ブーツの上の砂 - マリでの介入

2月
19

マリでのフランスの行動はうまくいっているように見える、今のところ

水田と漁船に囲まれて、泥でできた町のディアバリーはマリの農業の中心地にある。それはまた、モーリタニア国境からニジェール川にかかるマリの数少ない大きな橋への道を横切っており、歴史的な町のトンブクトゥへの北への裏道ともなっており、そこを戦略的十字路のようなものにしている。1月14日に、9か月以上にわたってその国の北を抑えている反乱軍兵士たちが南に押し出してその町を取り、何十台もの重機関銃を満載したピックアップトラックを道にブレーキ音を立てながら止め、行く先々でマリ軍兵士を殺している。

その反乱軍の動きは明らかに、サーヴァル作戦と呼ばれる1月11日に始まった、フランスの地上と空中での介入への反応だった。その究極の目的は、フランソワ・オランド大統領の言葉を借りれば、「マリの領土の統一性を回復する」ことで、それは去年その国の人口密度の低い北部を征服するためにトゥアレグ反乱軍と結びついたイスラム主義者群を追い出すことを意味する。

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砂漠の中の危険 - アフリカの聖戦

2月
12

アルジェリアのテロとマリでの戦争は、アフリカでのイスラム主義過激派の浸透が進んでいることを示す

1月16日に、30人強の重装備のイスラム過激派がイナメナスのそばのサハラ砂漠にあるガス施設の支配を握り、650人程度の労働者を人質にとった。それに続くパイプラインの束と住居用コンテナの風景に広がって戦われたアルジェリア特殊部隊との戦いは4日間続いた。人質をとったものたちは、パイプラインを吹き飛ばすことを計画していたと言われる。それはアルジェリアの輸出を大きく減らすことを意味しただろう。しかし爆発は起こらず、すぐに、その工場の少なくとも37人の外国人従業員とともに、人質をとったものたちは殺された。アルジェリアは、テロ攻撃に対して妥協しないやり方をとる。

となりのマリでエスカレートする戦争と一緒に、その戦いは、新たな聖戦主義がアフリカ中に広がっているというスペクトルをもたらした。西側の政府は、広大なサハラとその南の端に沿ったサヘルの国々でのその紛争が、ますますつながるようになっているのではないかと心配する。アルジェリアのガス施設への攻撃は隣のリビアで始まった公算が高い。たぶん何百キロも離れた砂の広がりのどこかに隠れるその設計者たちは、今フランスと西アフリカの軍隊によって攻撃されているマリのグループを支援していると主張した。

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サハラの聖戦 - マリとアルジェリアの危機

2月
05

フランスが聖戦士たちがマリを乗っ取るのを止めはじめるとすぐに、アルジェリアの彼らの共鳴者たちは彼らの地域的到達を示すために別の蹂躙をしでかした

半年間、その地域のアフリカの政府と特にフランスや合衆国といった様々な西側諸国は、アル=カーイダにつながった反乱軍が国の北半分を乗っ取ったマリについて苛立っている。今年の初めに、聖戦士たちが突然南に押し出し首都のバマコすらも脅かしたとき、問題は劇的に悪化した。

だから、フランス大統領のフランソワ・オランドは行動することを決めた。1月11日、フランスの飛行機が襲いかかり、反乱軍とその基地を爆撃した。さしあたりバマコは安全だ。しかし、フランス大統領は自身にひるませるような仕事を課している。彼の作戦が正確に何を狙っているのか、そしていつどのようにして彼の軍隊が出ていくのか誰も知らない。

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こだわれ、しかしいきづまるな - フランス、マリ、そしてアルジェリア

2月
03

フランソワ・オランド大統領は正しい呼びかけをしているが、身動きが取れなくなってはならない

マリは、災害が突然現れ国境を越えて毒をまき散らすと脅すまでは、その不運な住民を除いてはほとんど誰も多くを心配していない、かなりおさめやすい国の一つだ。1月16日に、マリの同志に同情を持つ聖戦士たちが、マリに隣接する最も離れた南部アルジェリアでガス田施設を急襲し、アメリカ、英国、フランス、そして日本を含んだ国々の40人もの外国人労働者を人質にとった時、それはまさにそれをした。これは、聖戦士たちの脅威が増加しているサハラ地域に関心を集中させている。

アルジェリアでの攻撃は、実際にはフランスによる勇敢な行動への反応だ。マリでは、ほぼ1年前にアル=カーイダにつながった反乱軍がその国の北半分を乗っ取って以来、悪い血が凝結している。それから、今月の初めに、聖戦士たちはさらに南に進み、首都のバマコを危うくしていた。それは、旧植民地領域に重心を傾けるのに慎重だったフランスの社会主義の大統領フランソワ・オランドに、マリの弱くて手に負えない政権を助けるために軍隊を送るよう促した。1月14日に、フランス軍はマリの兵士たちと並んで反乱軍がバマコに最も近付いているディアバリーの町を取り戻す行動に出た。

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聖戦士たちの恐ろしい新たな前線 - マリでの文化的攻撃

7月
19

過激派イスラム教徒はその地域と古いアフリカの遺産を脅かしている

木の板に三日月形の金属枠があしらわれたトンブクトゥのシディヤヤモスクの主要な門はこの世が終わる時にだけ開くという伝説があった。暗喩的な意味で、北部マリの古代からの貿易拠点を今支配しているアル=カーイダに明らかにつながったイスラム民兵が、今その町に攻撃を浴びせているということだ。7月2日から、彼らは、住民を恐れを伴って仰天させた宗教的熱意に触発された街全体での文化的蛮行の一部として、「その謎を破壊するために」つるはしとショヴェルで古い入り口を叩き壊している。他に破壊されたものは、8つの霊廟と多数の聖者の墓がある。さらなる破壊が恐れられている。

「みんながイスラム主義に怒り狂っている。」幸福な時代のツアーガイド、アサーヌ・トラオレは語る。「それはまるで、彼らが我々の体の一部を叩き切っているようなものだ。」住民の中には、トラオレ氏が言うところの「ひげもじゃの奴ら」に対してデモをしたいというものもいるが、多くは恐れている。その全盛期にトンブクトゥは、金、象牙、塩、奴隷の、サハラをまたいだ交易からの税金で豊かになった、学びの中心だった。さまようスーフィの神秘主義がイスラム以前の信仰と融合した時、それは「333人の聖人の町」として知られるようになった。

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アザワド解放民族運動

3月
20

アザワド解放民族運動(Mouvement National pour la liberation de l'Azawad) かつてアザワド民族運動(MNA:フランス語イニシャル)だったアザワド解放民族運動(MNLA:フランス語イニシャル)は、マリのアザワド地方に拠点を置く政治的軍事的組織だ。その運動は、かつてリビア軍で戦っていたり、リビア国民評議会の側で戦っていたりし、2011年のリビア内戦後に戻ってきたトゥアレグによって構成されていると言われる。その運動は、2011年の10月に設立された。その運動はまた、他のサハラの部族の人々も含んでいる。マリ政府は、アラブの春の間の他の国の反応と同様に、イスラム・マグリブのアル=カーイダとのつながりを持っているとしてその運動を非難している。しかし、MNLAはその主張を否定している。

歴史

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ヒュー・アンド・クライ - パスポートデザイン

3月
09

パスポートの色の多くの意味

南スーダンの誕生は多くをアメリカに負っている。おそらく、感謝のしるしとして、(去年一般競争によって選ばれた)その国家紋章は、国印のように見える。そしてその青と鷲飾りの新しいパスポートは、アメリカの旅券とよく似ている。そのようなまねを非難する人々は歴史を学ぶべきだ。ベンジャミン・フランクリンは新しいアメリカのパスポートをフランスのものに基づいて作った。当時、それはたった1枚の紙切れだった。

パスポートが国家主権を代表するように、それは独立国家であることの資格の典型的な範疇の一つだ。だから、パスポートをそろえることは、協力のしるしなのだ。それはゆっくりとした過程になり得る。当時のヨーロッパ共同体の9つの加盟国(今は27ヶ国の強いヨーロッパ連合)が、今では彼らが分け合っているパスポートの表紙の色(しかし他の特徴は異なっている:ドイツのものは他の国で使われているような柔らかいものではなく、堅いカードの表紙を持っている)をそろえるのに何年もかかった。統一パスポートが最初に提案された翌年の1976年、英国は提案された繊細な薄紫色の陰に身震いした。外交官たちは、それから、(当時の報告書によれば「あまりにつまらない」とされた)栗色を退けるのに4年かかり、1981年にワイン色の合意に達するまでに紫色の案もあった。

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太陽は明るく輝く - アフリカの有望な経済

12月
12
その大陸の印象的な成長は続きそうに見える
 
オプラ・ウィンフリーは30億ドルの富によってアメリカでもっとも裕福な黒人の地位を何年も守ってきた。しかし、彼女はもはや世界でもっとも裕福な黒人ではない。その名誉は今ではナイジェリアのセメント王のアリコ・ダンゴートのもとへ行った。批判者は彼があまりにその国の汚れた政治的階級に近すぎると不平を言う。にもかかわらず、彼の100億ドルの富は稼いだもので、着服したものではない。ダンゴート・グループは1977年に小さな貿易会社として始まった。それは、建設と同様、砂糖から運輸に至るまで手を広げた汎アフリカ的な複合企業になり、しかもそれは実業で略奪的な詐欺師ではない。
 
正統的な独立独行のアフリカの億万長者たちは希望の先駆者だ。数こそ少ないが、彼らはより一般的になっている。彼らはどれほどアフリカが進歩したかの実例となり、その高成長率が続くかもしれないと信じる理由を与える。その大陸の地中海沿岸の政治が今年の見出しを独占したかもしれないが、サハラの南の新しい好況はより多くの生活に影響する。
 
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