オマル・アル=バシール

自分の足を撃つ - 50歳のアフリカ連合

8月
11

国際司法をバカにすることは、その大陸の勃興を妨げるかもしれない

その大陸中からの国家元首が、アフリカ連合とその前身のアフリカ統一機構の50回目の誕生日を祝って、エチオピアの首都アディスアベバに5月27日に集まった。彼らは、何十年も前に彼らが協力すると想定されたことをいかによくやったかを祝い、それからハーグの国際刑事裁判所への一斉攻撃の火ぶたを切ることによって物事に少し風味を添えた。現在その連合の議長を務めるエチオピアの首相ハイレマリアム・デサレンに率いられて、彼らは様々にその裁判所を人種差別でアフリカ人を「狩っている」と非難した。

それが11年前に運営を始めて以来、その裁判所がほかのどの大陸よりもアフリカに注意を払っているということは事実だ。しかし、それは、その大陸がちょうど過剰な恐ろしい内戦を経験しており、その司法制度が全体として最も堅固でないためだ。その騒ぎに出席した大統領のうち二人がその裁判所に狙いを定められている。スーダンのオマル・アル=バシルは人道に対する罪で指名手配されており、ケニアの最近選ばれた大統領ウフル・ケニヤッタは似たような罪で今年の終わりに審理に立ちはじめる。

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新しい国が廃墟から立ち上がっている - 南スーダン

6月
24

世界で最も若い国は、きちんとした政府と社会を打ち立てるのに苦労している

店と居酒屋は、利用できるたった一つの消費財であるボトル飲料を備えた一列のブリキの掘っ立て小屋を占め、一方十余りの萱葺きのハットに続く道はまだ泥道だ。ひと目見ると、南スーダンが北に残った国から独立する直前の2年前に前回記者が訪れた時と、リリヤの村はほとんど変わっていない。しかし、より近づいてみると、その国の南東部の青々と森の茂った丘のふもとでいくつかの明るい追加が目に入る。家の群は、井戸からタンクに汲み上げられた水道の蛇口を分け合っている。新しい青と白の学校の建物と職業訓練センターが、耕された畑の中に建っている。

しかし、そのような進歩は、見えるほどには達していない、と地元の聖職者のチャールズ・セビットは語る。村人は貧しすぎて、悪天候で太陽光発電が妨げられた時に水をくみ上げるポンプの発電機用の燃料を買うことができない。そして彼らは、そこから教師の給与が支払われる授業料を払う余裕がない。いずれにせよ、ほとんど字の読めない親たちは、子供たちを畑で働かせるか、牛で支払われる持参金を望んで嫁に出すことを好む。多くの教室は一度も使われていない。

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カネ、援助、そして外交 - スーダン

4月
30

スーダン人、特にダルフール人は新たな取引を得るだろうか?

新しい「自由の雰囲気」を約束して、スーダン大統領オマル・アル=バシルは4月1日にすべての政治犯を解放するだろうと宣言した。7人の有名人がすぐに解放された。彼の大臣たちは、バシル氏の軍隊とその代理民兵が今世紀の初めに荒らし、それによってその大統領がハーグの国際刑事裁判所にジェノサイドの疑いで告訴された、西部地域のダルフールの長期的発展のために何十億ドルもが約束されるかもしれないカタールでの4月7日の会議に出席するために出発する。望みのある新発展の一覧を手際よく仕上げるために、2年前に彼の国から分離した南スーダンとの、バシル氏の長く続く争いは、先月調印された協定のおかげでついに終わるかもしれない。

26年間権力の座にあった後で2015年に辞めると言っている、今改革を決心している指導者のバシル氏もそうだ。彼の国民のほとんどはそれに賭けないだろう。しかし、もし彼が本当に、ほかの国民はもちろん、ダルフールに新たな政策を与えることを決心しているのならば、それは確かに劇的な変化だろう。

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そして、勝者は… - ケニアの政治

4月
10

もし選挙が二回目に突入すれば、事態はより混乱するかもしれない

3月4日の投票日は、多くが恐れたように始まった。いくつかの沿岸地区の警察は、なたを振り回す過激派によってなぶり殺しにされた。しかし、他の所では、時に何マイルも伸びる列に並んで待ち、何百万ものケニア人が新しい大統領と多数の他の地位に忍耐強く投票した。記事の印刷時点では、その国の独立後最初の大統領の息子ウフル(「自由」)・ケニヤッタがかなりリードしていた。

半分近くの投票が数えられ、首相のライラ・オディンガは10ポイントほど負けていた。もし数日間宣言されないだろう最終結果で、対立候補がもっと近くなったり、どちらの候補者も50%以上を得ず、ゆえに決選投票の必要が出てくれば、問題が起こるかもしれない。先頭走者は、一回目の落選者に投票した人々の票を激しく得ようとするだろう。

しかし、二回目の投票が行われる前に、両側の弁護士が無効票の数え方について議論するだろう。一時は6%にもなった異常なほど高い割合の投票が、かなりが、時には政府の高官によってすらも票が間違った箱に入れられたために、無効にされた。有権者は、新しい選挙制度の下ですべて同時に、国会と新たに定められた軍議会を含んだ6つの異なった政府の階層の代表を選んだ。驚くまでもなく、混乱した人もいた。

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ないよりまし - スーダンの協定

10月
25

二つのスーダンの間の取引は第一段階だが、多くがまだ間違いうる

今後数日で、内陸の独立した南スーダンから平原スーダンとの抗争中の国境(それは1年前まで両国を取り囲んでいた)を渡って、紅海のスーダン港まで走る2本の石油パイプラインに沿って、高圧で化学品が押し込まれる。「パイプの暖め」として知られるこの段階は、二つのスーダンの詰まった経済的動脈の命を回復し始めて当然だ。それが本当の平和と調和につながるかは別の問題だ。

9か月前、南スーダンは、北が南に石油輸出経路として使うのに課す料金についての議論で、石油生産をやめた。二つの国はほとんど戦争をはじめそうだった。その恐れは、二人の大統領が石油が再び流れるように9月27日に隣のエチオピアで協定に調印して以来、薄らいでいる。しかし、特に二国間の国境をどこに引くかについてなどの、さまざまなほかの違いが依然として関係に付きまとっている。その指導者たちは、国連安全保障理事会がその足を引っ張ろうとしていると考えられた側にはどちらでも課すと脅している国際的な制裁の見通しを避けるのには十分な程度に合意している。外交官たちは、それを「最小主義者の取引」と呼ぶ。

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大統領への悪い当て布 - スーダンの不穏

7月
13
大衆の抵抗の珍しい一番は、大統領の船をゆすっている
 
何年にもわたる騒々しい街頭での抵抗運動は、スーダンのすでに不安定な大統領オマル・アル=バシールを揺さぶっている。それらは、大学生による生活費上昇に対する抵抗から始まった。しかし、活動家によって「砂嵐の金曜日」とあだ名された6月22日に、それらは首都のハルトゥームのほかの地区に拡大し、怒りの異議の一般的な表現に広がった。活動家は、デモがその国中の少なくとも30か所で勃発していると語る。
 
最初の抵抗の後で、ある傾向がすぐに表れた。抵抗者の集団が街頭に繰り出し、自由とバシル氏の体制の終結を要求したのだ。それから機動隊が到着し、抵抗者に催涙弾を発砲し、一方で恐れた国立諜報治安機関の平服の男たちが彼らを捕らえ、白いピックアップトラックで彼らをしょっ引いた。
 
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代理人たちのための遊び場 - スーダンたち

7月
01
イランとイスラエルがスーダンのごたごたにより関与し始めている
 
スーダンと南スーダンの政府は、イランとイスラエルから支援を得ている。北と南の間の平和のためにはよい兆しではない。5月の初めに、国連の安全保障理事会は、両方のスーダンに、もし戦いをやめどのように石油収入を分け彼らの紛糾している国境を定めるかについて議論を始めなければ、制裁を課すと脅した。しかし、数週間以内に、スーダンの派遣団が、その政府が石油探査を含めた経済的つながりの強化を約束したイランへ行った。イランの大統領モハムド・アハマディネジャドは、どちらも国際的制裁に直面している彼の国とスーダンが「傲慢な大国と人類の敵」の犠牲者だと語った。
 
イスラム主義者に支持された軍事クーデターが1989年にオマル・アル=バシールを権力の座につけて以来、シーア派のイランはスンニ派が支配的なスーダンを北東アフリカの有益な味方だ、そしてスーダンの東側をエジプトへそしてガザ地区のパレスチナのイスラム集団のハマスへ武器を輸出する回廊だとみなしてきた。イスラエルは、そのルート上のイラン輸送部隊を2009年に爆撃した。
 
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世界の司法の新顔 - ファトゥ・ベンスダ

6月
30
ガンビアのファトゥ・ベンスダは国際刑事裁判所で有罪判決の数を増やせるのか?
 
1970年代にガンビアで育った少女として、国際刑事裁判所の将来の首席検事は繰り返し彼女の夫に打たれる親類の女性を見た。それは4年間にわたって毎週行われた。そして毎週毎週、その暴力が始まった時11歳だったファトゥ・ベンスダは、そのけがをした親類の治療のために彼女を病院に連れて行き、それからそのますます怒れる少女はその女性を守るために何もしない隣人や家族を非難した。ほぼ40年後、ベンスダは「私の親類ができることは絶対に何もない。両親や年長者と呼ばれるものは、(彼女に)“彼はあなたの夫でしょ”というだろう。たとえ警察に行ったとしても、彼らはそれが民事だといった。それは完全に望みのないことだった。」と言われたのを、依然として覚えている。それはまた、人格形成の経験だった。「私はそれについてとてもとても怒った。それは本当に私に印をつけた。」はだしに明るい柄のドレスを着て、ガンビアの首都バンジュールの彼女の穏やかな家でベンスダは語る。「私は法律が人生においてやりたいことだと決心した。私はただ座って訴訟を見るためだけに学校から裁判所に行ったものだ。
 
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依然としてあまりに部族主義的だ - ケニアの政治

6月
27
ケニア人たちは、来年の選挙に向けて準備を整え始めるにつれ、イライラしている
 
ケニアの首都ナイロビから車で北に30分のところにあるリムルで、理想主義の集団が政治的集会を開こうとして、自分たち自身を「愛国者」とか「民族主義者」とか呼ぶとき、彼らは最後には実弾や催涙弾を発砲する警察により森に追われている。警察は、彼らを「危険」で「犯罪的」だとしている。組織者の重大な過ちは、大衆に彼らが自分自身の民族集団から出ている人に投票する義務はないということを教えたことだった。
 
話し手の中には、初めて政治に関与したビジネスマンのングンジリ・ワンブグがいた。彼が説明するには、ケニアの事業環境は、部族間の争いによって難しくなっているからだという。「部族の考え方からケニアの考え方」への道に沿って、人々を説得する時だ、と彼は語る。
 
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スーダンの戦争への巻き戻し

5月
11
南スーダンが北から独立を得てから1年もたたないうちに、紛争が再び吹き荒れており、そしてどちらの側にも責任がある
 
スーダンのヌバ山脈の奥深くにある裂けた地面と黄色い草の広い平原の上で、反乱軍司令官のナミリ・ムラド准将は双眼鏡を持ち上げ、目標である4キロ程度離れたところにある政府支配下の町タロディを注意深く観察する。「彼らは3台の戦車を持っている、見えるかい?」彼は携帯用双眼鏡を渡していう。「彼らは6台持っていたが、我々が3台破壊した。彼らは(重機関銃の).50calとI2.5も丘の上に持っている。しかし、我々には3,000人の兵士と2,000から3,000のさらに二つの旅団があり、彼らは1,700-1,800しかいない。我々はここをすぐに落とす。」彼は、彼らが前線に近づいたとき、我々の車によって巻き上げられた埃を凝視し、それから空を見上げた。「彼らはトラックが動くのを見た時、アントーノフとミグを送って我々を爆撃する。」彼は語る。「我々は今立ち去る。」
 
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